「忘却の橋」

ある静かな夜、斉藤翔は街外れの古びた橋を渡っていた。
彼は友人たちと一緒に肝試しを計画しており、その場所が最も恐ろしいという噂を聞いたからだ。
橋を渡ると不気味な静寂が訪れる。
その夜の月は雲に隠れ、薄暗い影を作り出していた。

翔は一人で先に進むことにした。
友人たちが怖がり過ぎて、ついてこなかったからだ。
彼は少し緊張していたが、心のどこかでこの刺激を楽しんでいた。
橋を渡り終えると、彼は森の中に入った。
月明かりも届かないこの場所は、まるで別世界のようだった。

「ここが噂の場所か…」翔は心の中でつぶやいた。
まるで彼を誘うかのように、かすかな風が吹いていた。
その風は木々の間をすり抜け、何かが近くにいるかのように感じさせた。
翔は一瞬、背筋に冷たいものが走ったが、すぐにその感情を押し殺した。

進んでいくにつれて、周囲の空気が重くなるのを感じた。
急にかすかなささやきが耳に響いた。
「行かないで…」翔は一瞬驚いたが、まるで自分の暗い思い出が呼びかけているように感じた。
昔の彼は、親友を失った苦い記憶を忘れられずにいた。

それでも、翔は抗うように足を進めた。
心の奥底で「忘れたい」という思いが渦巻いていたからだ。
その時、彼は一瞬後ろを振り返った。
すると、そこには白い影が立っていた。
まるで彼を呼ぶかのように、その影はまっすぐに翔を見つめていた。
それは、彼がかつて失った友人だった。

「なぜ、ここにいるの?」翔は声を上げた。
影は何も答えず、ただ微笑んでいた。
その瞬間、翔は恐怖を感じた。
彼はその影を見つめ返し、思わず逆に逃げ出してしまった。
心の中で「忘れたい」と願っていた過去の思いに、彼は抗うことができなかった。

走り続けると、突然地面が崩れるような感覚に襲われた。
翔は転んでしまい、周囲が暗くなった。
目を開けた彼は、もう一度あの橋のそばに戻っていた。
普通の景色が広がっていたが、彼の心には大きな疑問が生じた。
「あれは何だったのか?」

驚きと恐怖で胸が高鳴り、彼は身体を起こそうと試みた。
しかし、その時、再びあのささやき声が聞こえてきた。
「忘れないで…」翔はその声に引き寄せられるように、立ち上がることができなかった。

それから数日間、彼はあの夜のことを考え続けた。
友人たちと肝試しの計画を立てたことすら忘れてしまった。
彼の心には、あの白い影がいつも留まっていた。
時折、影が彼を思い出させるように、夜の静けさが襲ってくるのだ。

数ヶ月が過ぎ、翔はそのことを忘れようと努力していたが、心の内にはいつも影が存在し続けていた。
それは彼が抗おうとするほど、強くなっていくかのようだった。

そしてある晩、翔は再びあの橋に向かってしまった。
今度は何かに引き寄せられるように、彼はその場に立っていた。
「忘れないで…」その声が再び響くと、彼は覚悟を決めた。
「私はあなたを忘れない。」

その瞬間、白い影が再び彼の目の前に現れた。
翔はそのまま影に手を伸ばした。
彼の心には抗う気持ちがあったが、同時にその存在を受け入れようともした。
影は彼を包み込み、二人は静寂の中へと消えていった。
周囲は再び静まり返り、誰も彼らのことを知らなかった。
翔は白い影と共に、永遠に消え去ったのだった。

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