「忘却の架」

ある日、大学生の佐藤健一は、友人たちと共に古い架(かけはし)を訪れた。
その架は、かつてこの町の人々が利用していたが、今では廃れ、誰も近寄らない場所だった。
周囲には古びた木々が生い茂り、薄暗い雰囲気が漂っていた。
しかし、健一たちはその神秘的な雰囲気に興味を抱き、恐れを忘れて探索を始めることにした。

健一、友人の高橋裕二、そして彼の幼馴染である川村美咲は、軽快な足取りで架に向かって進んだ。
この日、彼らは「時を超えた冒険」をテーマにしようと話していた。
そんな軽い気持ちで向かった場所が、まさかの恐怖の舞台になるとは思いもよらなかった。

古い架に近づくと、周囲の空気が一変した。
冷たい風が吹き抜け、彼らの表情は自然と緊張に変わった。
健一は「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせるように言った。
しかし、心の奥底では何か嫌な予感がしていた。

架の中央に到達すると、彼らは不思議な現象に遭遇した。
健一は目を丸くして、周りを見渡すと、まるで時間が止まったかのように感じた。
彼らの周囲には、異次元から来たかのような、不気味な光景が広がっていた。
古びた柱に絡みつく蔦や、湿った木材の隙間から見える奇妙な光、そして木々の間から差し込む微かな光が、まるで彼らを見つめ返しているかのようだった。

「これは、ただの蜃気楼だと思いたいな…」裕二が小声で言ったが、美咲は「この架、なんかおかしいよ」と言った。
彼らはそう感じているにも関わらず、心の中で興奮を隠せずにいた。
時を忘れ、何が起こるのか期待する自分がいた。

その時、健一は突然、視界が歪んでいくのを感じた。
まるで目の前にいる友人たちが、徐々に遠ざかっていくかのようだった。
よく見ると、裕二と美咲の姿がどうも固定されているように見え、彼だけが周囲の異世界に引きずり込まれようとしていることに気が付いた。
彼の心臓がドキリと跳ね上がった。

「おい、健一!大丈夫か?」裕二の声が遠く聞こえた。
しかし、彼の声は次第に消え去り、健一は一人完全に置き去りにされてしまうようだった。
周囲の風景が渦を巻き始め、彼はその中央で立ち尽くしていた。

そして、時が経つにつれ、彼の目の前に謎の影が現れた。
その影はまるで彼の過去の一部のようで、さまざまな思い出が映し出される。
そして、干渉するかのように、彼の心に深い痛みを突き刺してきた。
「私を忘れないで」という声が耳元で聞こえた。
その瞬間、健一は衝撃を受け、この声が何者かによるものか理解した。

思い出の中に映されていたのは、彼がかつて仲良くしていた友人たちの姿だった。
しかし、その友人たちの顔が、次第に影のように変わっていく。
過去の時間に閉じ込められたのか、言葉を失った彼は、その暗い影の中に飲み込まれそうになった。
彼は「これは夢だ、夢に違いない」と繰り返したが、心の底では恐怖が広がっていた。

時が経過するにつれて、彼の中には焦燥感が広がっていった。
「戻りたい、戻らなければ」と必死に思った。
その日彼が放棄したいくつかの思い出は、彼をこの架に幽閉するための鍵だったのかもしれなかった。

そして突然、周囲の渦が収束し、彼は気がつくと架の前に立っていた。
目の前には裕二と美咲の姿があったが、彼らは何も覚えていないかのように無表情だった。
健一は視界がぼやけ、何かを失ってしまった感覚があった。

「俺が怖がりすぎたのか?何が起こったの?」彼は恐怖の余韻を引きずりつつ、ただ呟いた。
無言の友たちにその時の体験を伝えることができず、彼は一人だけが不気味な架を忘れることができずにいるのだった。
彼の心には、時間の波に飲み込まれた友人たちの姿が脳裏に焼き付いていた。

タイトルとURLをコピーしました