隠れ家のような古びた家に、田中誠は引っ越してきた。
彼は人里離れた場所で静かな生活を送りたいと思っていたが、そこには何か奇妙な雰囲気が漂っていた。
周囲は森に囲まれ、昼でも薄暗い。
近所の人々はあまり寄り付かず、そんな彼に対する警戒心のようなものを感じた。
ある夜、誠は音を耳にした。
それは、隣の家から聞こえてくるようだった。
何かが囁いている。
彼は好奇心に駆られ、音の正体を探ろうと隣の敷地に足を踏み入れた。
月明かりの下で隣家の扉は微かに開いており、暗闇の中から薄ぼんやりとした光が漏れ出ていた。
中に入ると、異様な光景が広がっていた。
壁には、古い写真や奇妙な絵が貼り付けられている。
中央には祭壇のようなものがあり、真ん中には何かの骨が安置されていた。
驚いた誠はすぐに後退しようとしたが、その瞬間、彼は何かに引き止められた。
彼の視線の先に、若い女性が立っていた。
彼女の名前は山田美咲。
彼女は誠に微笑みかけたが、その目は虚ろで、どこかを見つめているようだった。
「助けて」と彼女は囁いた。
その声は心に響き、誠はその場から逃げ出すことができなかった。
美咲は続けて、彼女がこの隣家に住んでいたこと、そして最近、彼女の家族が失踪してしまったと語った。
彼女の家族は、この地方に伝わる奇怪な儀式に参加していたことがあり、その結果、彼女以外は戻ってこなかったという。
美咲はその後、永遠にこの隠れた場所に留まることになったのだと。
彼女の話を聞くうちに、誠は不安を覚えた。
生きている人間は常に死に怯えているのに、死者のことを忘れてしまうのが一番怖いのではないかと。
美咲の存在を知れば知るほど、彼は逃げることができなくなった。
美咲は生の世界に引き戻そうとしているのか、あるいは彼女自身が生に執着しているのか。
美咲は次第に彼に惹かれていった。
彼女の想いを感じ取りながら、誠は彼女を助ける方法を探ることに決めた。
彼の心の中に、彼女が一人で戦っている孤独の影が映り込んでいた。
誠は、自らが彼女を救う鍵になると信じた。
日が経つにつれ、誠は美咲と共に過ごす時間が増えていった。
彼女に少しずつ話しかけることで、誠は美咲の中にある悲しみや恐れを感じ取り、彼女を癒そうとした。
しかし、彼自身もまた、彼女の存在に執着し喪失感を抱えるようになっていた。
そしてある晩、誠は再びその家に足を運んだ。
美咲のために、彼は家族の行方を探る決意を固めた。
しかし、家に入るとその雰囲気は一変していた。
部屋は暗くひんやりとしていて、勘が鋭い誠は何か悪い予感を感じた。
そこには、祭壇が荒らされ、骨が散乱していた。
そして目の前には、美咲の姿が無惨に変わり果て、虚ろな目で彼を見つめていた。
「助けて…私を、忘れないで…」彼女の声は、まるで何かの導きのように響いた。
誠は恐れに駆られ、ただ逃げることしかできなかった。
彼女の願いは届かずに、彼はついに離れてしまった。
彼の心の中には、彼女の影がずっと残っていた。
彼女の存在を忘れることはできないと理解したが、逆に彼は生の世界で生き続けることを選んだ。
それから数年が経った今でも、彼は夜になると彼女の声が耳の奥で囁いている気がする。
美咲は「生きていて」と願っていたのかもしれない。
彼女の影を心の中に抱えながらも、誠は日々を紡いでいく。
しかし、彼の心にはいつも一つの問いがある。
「彼女を忘れてしまったら、私はどうなってしまうのだろうか?」