「忘却の影」

佐々木は、友達の家に遊びに行くために、兄から預けられた古びた鍵を手にしていた。
その鍵は、二階にある物置の戸を開けるためのもので、彼もその存在を知ってはいたが、普段は見ることのない物置の中に興味をそそられた。

夜も更けて、友人たちが集まる中、彼は冗談めかしてその話をした。
「もしその中に悪いものがいたら、面白いことになるかもね!」仲間たちは笑って、とがった声で彼をからかう。
しかし、好奇心が抑えきれなかった佐々木は、仲間たちに内緒でその物置に行くことを決めた。

友人たちがゲームに夢中になっている隙に、彼は静かに二階の廊下を歩き始めた。
戸は薄暗く、古い木のきしむ音が響く。
心臓が高鳴りながらも、彼は冷静さを保とうとした。
ついに物置の前に立ち、鍵を戸に差し込む。
ドキドキしながら、彼はそれを回した。

「キー」という音と共に、戸はゆっくりと開く。
中は薄暗く、堆積した埃と共に忘れ去られたものたちが埋もれていた。
物置の隅には、古い家具や懐かしいおもちゃが並んでいる。
しかし、彼の視線を奪ったのは、その中央に置かれた大きな鏡だった。
鏡は完璧に無傷で、まるでその場で生きているかのようだった。

彼は何かに引き寄せられるように、鏡に近づいた。
その瞬間、映っているのは自分の顔ではなかった。
そこに映っていたのは、彼の背後に立つ影だった。
影は細長い手を伸ばし、まるで彼を呼んでいるように見えた。
恐怖が彼の心を締め付ける。
「影なんか怖くない」と自分に言い聞かせたが、背筋が凍るようだった。

無意識に佐々木は後ずさりしたが、廊下の床が悲鳴を上げるかのようにきしんだ。
その音に反応した彼は、背後に視線を移すが、何も見えなかった。
再び鏡に目を戻すと、その影はより鮮明に映し出されていた。
影はゆっくりと彼に近づき、「私を忘れないでくれ」と囁く。

恐れと好奇心が渦巻く中、彼はついに声を出した。
「誰だ、お前は?」影は微笑みを浮かべ、しかしその表情はどこか不気味に見えた。
「かつての悪しき者、サだ。私は忘れ去られた存在。覚えているか?」その瞬間、彼の記憶が一気に呼び起こされた。

子供の頃、彼はその名を持つ友達、佐藤を思い出していた。
佐藤は事故で亡くなり、それ以来、彼は彼のことを考えないようにしていた。
サは、彼の心の奥に潜む罪悪感や後悔を引き出し、まるで鏡の向こう側から訪れたようだった。

「お前に覚えていてほしい訳ではない。だが、忘れてはいけない。私を思い出すことこそ、あなたを救うのだから」と影は言った。
佐々木の頭の中が混乱し、過去の記憶が押し寄せてきた。
彼はいつも佐藤のことを心に抱いていたつもりだったが、忘れたくないと思いつつも、無意識にその存在を避けていたことを痛感した。

ついに彼は、自分自身に問うた。
「なぜ、私が忘れようとしたのか?」それは、彼の心の中でずっと続いていた葛藤だった。
サの影は「答えが分かった時、あなたは恐れから解放される」と告げ、さらに近づいてきた。

恐怖心を振り払おうとする佐々木だったが、その影に触れた瞬間、彼は全てを受け入れることにした。
何も悪くはなく、ただ忘れようとする自分自身を受け入れることが必要であると気づいた。

影は優しく微笑みながら消えていった。
彼は物置を出て廊下を歩き、友人たちが待つ部屋に向かう。
自分の記憶を再び抱きしめることで、彼は暗闇から解放されていった。
そして、二度と忘れないと誓ったのだった。

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