「忘却の影」

徳は静かな田舎町に住む普通の男性だった。
しかし、彼には誰にも言えない秘密があった。
それは、彼が若い頃に体験した恐怖の出来事だった。
公園の片隅に立つ古びた東屋。
そこには、町の伝説にまつわる恐ろしい話があった。
人々は「記憶を奪う」と噂していた。
徳はその伝説を耳にし、半信半疑であったが、そのことがどうしても気になってしまった。

ある晩、月明かりが静かに照らす公園に、一人で訪れた徳は、かつての記憶を呼び起こそうとしていた。
彼は若いころ、友人たちとその場所に訪れて、特に怖い話をして笑い合ったことを思い出していた。
しかし、バカにしていたその場所が本当に恐ろしい場所だとは、その時は知らなかった。

公園の静けさが、徳に不安をもたらした。
彼は、東屋の前に立ち、恐る恐る中に足を踏み入れた。
そこには、薄暗く、何か不思議な空気が漂っていた。
徳は、椅子に座り、周りを見渡した。
誰かが近くにいるような気配を感じたが、視界には誰もいなかった。

それでも彼は、語りかけるようにたくさんの思い出を心の中で再生した。
若い頃の友人たちの笑い声、楽しい夏の夕暮れ、そして何か特別な瞬間を記していたはずのその場所。
何とかして木々との間に埋もれた記憶を掘り起こそうとした時、突然、周囲の空気が変わった。

「誰かいるのか?」徳は声を上げたが、返事はなかった。
彼は心が締め付けられるような感覚を覚えた。
そして、不意に、東屋の影が揺らぎ、何かが彼の目の前に現れた。
それは透明な影だった。
徳はその影を見つめた。

「記憶を返してほしい?」と、影はささやいた。
その声は優しく、同時に冷たさを感じさせた。
徳は言葉を失い、ただその場に立ち尽くした。
目の前の影は、彼の過去の友人たちの姿を映し出しているかのようだった。
かつての楽しい瞬間が流れ込んできたが、影の中にはどこか違和感があった。

「独りだったのに、何故あなたはここに来たの?」影が問いかけた。
徳は動揺しながら、自分の中で答えを探していた。
自分は何を求めてこの場所に来たのか、何が欲しいのか。
斬新な恐怖が彼を包み、まるで全てが彼の記憶の一部であるかのように錯覚を生み出した。

「私は…ただ、思い出を残したかっただけだ。」彼は悩みつつも声を震わせた。
影は微笑んだように見えた。
「記憶は、時に美しく、時に苦しい。あなたはそれを持ち続けることができる。」言葉のその瞬間、彼は、かつての楽しかった記憶が目の前に浮かび上がるのを見たが、その中には何か欠けているものを感じた。

逃れられない恐怖が込み上げ、徳は一歩下がった。
その瞬間、影は力強く近づき、「私はあなたの全てを知っている」と囁いた。
この言葉が、徳の心に恐れと同時に理解をもたらした。
彼は過去の自分に囚われていたのだ。

「お前にはもう関係ない、私の記憶だ。」湧き上がる思いを吐き出すように声を上げた。
影は色を失い、そして消えゆく中で、徳はようやくその場を離れる決意を固めた。
何かを捨てることで、新たな未来が見えるかもしれない。

脱出した公園の外、月明かりの中で徳は深呼吸し、自分が独りでも歩む勇気を持つことを感じた。
影の存在は消え、多くの笑い声や楽しい瞬間は彼の心の中に刻まれたままだった。
それは紛れもない記憶であり、同時に彼を自由にする助けとなったのだ。

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