「忘却の影」

バは、静かで人々の行き交いが少ない町だった。
見渡す限りの田園風景と、たった一軒の小さな神社があるだけ。
その町には、古くから伝わる一つの伝説があった。
それは、毎年、一度だけ姿を現す「止まり木」の話だった。
その木は、実際には存在しない場所にあり、人々はその木を見つけることができる者はごくわずかだと信じていた。

主人公の翔太は、町の外れに住む普通の高校生だった。
彼は聞いたことのあるその伝説に魅了され、友達の健司や真理と共に、町の伝説を確かめることに決めた。
彼らは放課後、小道をたどり、神社を訪れる。
その神社の裏にある山を登り、伝説の「止まり木」を探すことにした。

運命は奇妙なもので、彼らが山を登り始めると、次第に空が暗くなり、雲が立ち込めてきた。
健司は少し不安を感じたが、翔太は意気込んで前に進むことを促した。
「途中で引き返す必要なんてないさ」と笑いながら言った。
真理もその気持ちに乗り、今が冒険の時だと感じていた。

やがて、彼らは頂上に達する。
周囲の静けさは、どこか不気味で異様だった。
しかし、翔太はそんなことには気づかず、興奮して周囲を見回した。
「ここに止まり木があるはずだ」と言った。
その言葉に、彼らは期待に胸を膨らませた。

だが、ひとしきり探しても「止まり木」は見つからなかった。
それどころか、時間が経つにつれて、ますます不安が募る。
周囲はだんだんと薄暗くなり、異様な静けさに包まれていった。
翔太たちの心にも、次第に冷たい恐怖が忍び寄ってきた。

「もう戻ろうよ」と真理が言い出した。
彼女の声は震えていた。
だが翔太は「もう少しだけ、待ってくれ」と必死で説得した。
彼がこの瞬間を逃したくないと思っていたからだ。
彼は、伝説を確かめたいという好奇心が勝っていた。

その時、急に耳元で風の音が聞こえてきた。
無慈悲になびく木々の音が、まるで彼らを呼び寄せているかのようだった。
翔太はその音に引き寄せられ、一行はさらに奥へと進む。
すると、突然、目の前に朽ちかけた巨大な木が現れた。

「これが……止まり木?」翔太は目を大きくして驚いた。
健司と真理もその木の存在に息を呑んだ。
しかし、翔太の目には、木の周りにしっかりとした荘厳な空気が漂っているのが感じられた。
確かに彼らの探し求めていたものがそこにあった。

だが、立ち尽くしていると、静寂の中に不気味な声が響いてきた。
「過去を忘れた者は、ここに留まることになる。」その言葉に翔太は恐怖のあまり、思わず後退った。
背後からは何かの気配を感じ、自分たちの背中にも重い雲が迫る。

急に、健司が悲鳴を上げた。
「何かが……私を引きずり込もうとしている!」翔太と真理は驚いて振り向くが、そこには何も見えない。
ただ、雲の隙間から差し込む月明かりが不気味な影を作り出していた。

彼らは必死になって逃げ出し、来た道を戻ろうとしたが、なぜか道が見えなくなっていた。
どの方向へ進めばいいのかもわからず、恐怖と混乱にさいなまれながら彷徨った。
そして、翔太の脳裏には祖母が語った昔話がよみがえった。
「忘れた者は、心のどこかにその影を残し、決して自由にはなれない。」

翔太は立ち止まって振り返り、森の奥深くに消えるように避けていた健司と真理を思い出した。
彼らが何かに飲み込まれてしまったことを確信した。
彼は壊れたように心から「戻らないと!」と叫び、自分でも気づかないうちに再び「止まり木」のもとへと走り戻った。

しかし、そこにはもう「止まり木」の姿はなかった。
彼は今、自分だけが置き去りにされたことを複雑な感情で受け入れざるを得なかった。
翔太は、彼自身が十分に知っていた「忘却の影」が目前に迫っていることを理解する。
彼は「止まり木」を求め続ける限り、二度と町には戻れないと痛感していた。

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