間という小さな町には、一風変わった図書館があった。
その図書館には、誰もが知っている本が並ぶ横で、誰も手に取らない不気味な本が一冊だけ、静かに棚に置かれていた。
その本のタイトルは「記憶の狭間」。
古びた表紙と黄ばんだページは、まるで長い間誰かを待っているかのように見えた。
ある日、大学生の山田直樹は、友人の勧めでその図書館を訪れた。
静寂に包まれた図書館で、ふと目を引いたのがその不気味な本だった。
「何だこれは?」好奇心に駆られた直樹は、本を手に取った。
ページをめくると、そこには他の本にはない異様な文字が書かれていて、その内容はまるで誰かの苦しみや悲しみが記されているかのようだった。
直樹は恐怖を感じながらも、その内容に引き込まれ、ページをページをめくり続けた。
しかし、その途中で突然、目の前が暗くなった。
気が付くと、図書館の外に出ている自分を見つけた。
時間は経っていたが、何分、何時間、何日が経ったのか、全くわからなかった。
直樹はその場から立ち去ろうとしたが、体の自由がきかず、本に書かれていた内容が頭の中に渦巻く。
「記憶を喰らう存在」と書かれていた言葉が、頭の中で響く。
直樹はきっと、この本の中に何か恐ろしい力が宿っているのだと悟った。
同時に、彼の頭の中にある「記憶」は、どんどん曖昧になっていくのを感じた。
過去の出来事が霧のように消えていき、いつの間にか自分がどんな人間だったのかすら、怪しくなっていった。
その後、直樹は図書館を何度も訪れるようになっていた。
毎回本を開くたび、記憶が少しずつ消えていくのを感じた。
友人たちとの思い出、家族の顔、特に彼が大切にしていた人々の名前さえ忘れ、ただ図書館での時間だけが彼の存在を占めるようになっていた。
彼は異様な感覚に襲われるも、それでもその本から離れられずにいた。
ある夜、ついに直樹は図書館での最後の訪問をする決意を固めた。
「これで終わりにしよう」と、そう思った。
図書館の静けさの中で、本を開く。
目の前には前にも見たことのある文字が並んでいたが、その内容が新たに感じられる。
彼の体は完全に本に吸い込まれていることに、もはや気がついていなかった。
突然、周りの景色がグラグラと揺れ始める。
いつの間にか彼は、真っ暗な空間に立っていた。
彼の周囲にはさまざまな影が無数に渦巻いており、前を向いても後ろを向いても、そこにはただ「記憶の狭間」が広がるばかりだった。
直樹は必死に思い出そうとするが、それすらも不可能だった。
彼の存在は、どうしようもなく記憶に飲み込まれていく。
「帰りたい…」と彼は叫んだ。
しかし、そこに帰る場所はもはや存在しなかった。
彼は永遠にこの狭間に閉じ込められ、記憶を喰らわれ続ける運命に直面したのであった。
町の人々は彼のことを忘れ、図書館は静かにその恐ろしい本を守り続ける。
新たな読者がそれを見つけるまで…。