「忘れ去られた願いの森」

深い森の奥に、古びた神社がひっそりと佇んでいた。
神社の名は「望神社」。
かつては多くの人々が訪れ、願いを込めた絵馬を吊るしていたが、時が経つにつれ、その存在は忘れ去られ、今やただの廃墟と化していた。
神社は静寂に包まれ、その境内には数十年前の様々な願いが宿っているようだった。

神社を訪れたのは、若い女性の佐藤美咲。
美咲は大学生で、研究の課題として古い神社や伝説について追いかけていた。
彼女の目当ては、現地の人々から語り継がれる怪しい話である。
美咲は「望神社」についての情報を聞き、ひとりの勇気を振り絞ってその場所を訪れた。

神社の門をくぐると、時が止まったかのような感覚が彼女を包み込んだ。
風がほとんど吹かず、木々のざわめきも消え、ただ彼女の心臓の鼓動だけが響いていた。
境内には無数の絵馬が、朽ちかけた状態でぶら下がっていた。
その中には「どうか合格しますように」「のどの痛みが治りますように」といった願いや、「家族がいつまでも健康でありますように」といった切実な思いが見えた。

美咲は絵馬の近くに立ち止まり、言葉を読んでその意義を考えた。
心に響くような念が感じられ、その瞬間、彼女はその場にいることが不思議に思えた。
思わず絵馬に手を触れると、ひんやりとした感触が彼女の指先を伝わり、思い出のような懐かしさが胸を締め付けた。

その時、不意に背後から声が聞こえた。
「助けて…」一瞬凍りつくような思い。
そして、振り返ると、誰もいなかった。
驚きと恐怖に包まれた美咲は、再び絵馬を見つめ直した。
その瞬間、絵馬の中の一つが揺れ、彼女の視界が変わった。

目の前に現れたのは、少女の姿だった。
彼女の名前は千夏、かつてこの地に住んでいた若い命。
千夏は不完全なままで、望みと憶いと憂いを抱えていた。
それは生前に果たされなかった願いや、人々の心に残る彼女の存在だった。

「私のことを、忘れないで……」千夏の声は、今も「望神社」に留まる思いを語るようだった。
美咲はその言葉を聞いた瞬間、千夏の存在が彼女の心に浸透してくるのを感じた。
彼女の念は、現世の人々に救いを求めていたのだ。

「どうしてここにいるの?」美咲は問いかけた。
千夏は薄い笑みを浮かべ、彼女に自分の望みを伝えた。
「家族や友人を思う気持ちを、私に届けてほしい。そうすれば、私は解放されるの。」

美咲は、千夏の意思を汲み取り、彼女のために何ができるかを考えた。
自らの役割を見つけた美咲は、千夏の願いを少しでも多くの人に知ってもらうため、様々な形でその物語を伝えようと決意した。
彼女は願いを書くための新しい絵馬を用意し、千夏の思いをここに記すことにした。

「忘れません。あなたの思いを、私が心に刻み続けます。」美咲の言葉が、千夏の心を暖めたのだろうか。
少女の姿は少しずつ薄れていき、解放されたかのように微笑んだ。
美咲はその後、神社を後にする際、胸が温かく満たされた感覚を感じていた。
彼女の心の中に、千夏の思いがしっかりと根付いていたからだ。

彼女が帰る途中、山の向こうに沈んでいく夕日を見つめながら、美咲はこれからも千夏の存在を忘れないことを心に誓った。
忘れられた望みや悲しみが、彼女の手を借りて、少しずつ人々に伝わっていくのだろうと信じていた。

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