静かな村の端に、古びた一軒家があった。
この家には、岸本洋介という若者が住んでいた。
彼は、家族から受け継いだ土地でひっそりと生活していたが、ある晩、不思議な出来事に巻き込まれることになる。
洋介は、普段から日記をつける習慣があり、特にその日の出来事や感情を記録することを大切にしていた。
しかし、ある晩、彼は気が付くと自分の手が動いていることに気づいた。
何かに操られているような感覚で、無意識に紙に言葉を書き綴っていた。
その行為はまるで、誰かが彼の手を通じて語りかけているかのようだった。
初めは、その文字は自分が書いたものだと思っていた。
しかし、内容を読み返してみると、そこには彼の記憶にもない出来事や出来事の断片が、鮮明に描かれていた。
不思議なことに、それらの出来事は彼が子供の頃に経験したことだった。
懐かしさや恐ろしさが心に広がり、洋介は手が動くたびに動揺していた。
だが、次第にその文字の内容は不穏さを増していった。
夜ごと、彼の手は無意識に動き続け、過去の悲劇や他人が彼に抱いた恨みがその文字に表れるようになった。
「あの時の俺が、私を見捨てた」と書かれた内容は、まるで彼を責めるかのようだった。
手が書くたびに、彼の心には重い懺悔が押し寄せてきた。
洋介はこれ以上、この不思議な現象に耐えられないと思った。
ある夜、洋介は自分の過去と向き合う決意をした。
自分の手は何を伝えようとしているのか、そして彼が抱えていた罪の記憶を解放する必要があると感じた。
彼は明日、もう一度手を動かしてみようと決心した。
静寂の中、彼は自らの心と対話する準備を整えた。
翌晩、月明かりが家の窓を照らす中、彼は再びペンを手に取った。
手が動き始めると、彼は目を閉じ、心の奥を感じ取った。
「私は何をしたのか、何を忘れていたのか?」手は無情にも動き、次第にその文字は不気味なものに変わっていった。
「お前が私を放っておいた…」その文字を見た瞬間、彼は驚愕した。
そこには、自分が幼い頃に友達を裏切ったことが記されていたからだ。
彼の親友、佐藤健一が、彼に助けを求めていた。
しかし洋介は、それを無視してしまったのだ。
健一はその後、事故に遭い、命を落とした。
洋介はその罪をずっと心の奥に隠し、日記に記すことさえ避けてきた。
今、彼の手はその過去の真実をあらわにし、彼を責め立てていた。
「何故忘れたのか?」手が問いかける。
「何故、すべてを否定したのか?」彼の心には、強い後悔が渦巻いていた。
この瞬間、彼は自分の中の「罪」の記憶と真正面から向き合わなければならないと思った。
手は最後の言葉を綴った。
「お前の記憶が、私を赦すことができるのか?」それを見た瞬間、洋介は涙を流した。
彼は過去を背負うことを拒否しなかった。
自分の心に深く刻まれた健一の記憶と、彼に対する謝罪が必要だった。
手を止めて思いを馳せた。
その夜、洋介は手を降ろし、目を開いた。
静かなはずの部屋が、どこか温かく感じた。
手はもう、無理に動くことはなかった。
彼は過去を受け入れ、心に蓄えた重荷を少しでも軽くしようと決めていた。
彼がつけた日記は、記録というよりも、心の解放の証となった。
そして、彼はこれまで背を向けていた友への謝罪を心に誓った。
夜明けが近づいていた。