春のある日、大学生の由美は、友人たちと温泉旅行に出かけることになった。
目的地は静かな山奥にある小さな温泉宿。
彼女たちは、普段の喧騒から離れ、心身をリフレッシュすることを楽しみにしていた。
しかし、その温泉宿には、何か不穏な噂があった。
宿に到着した彼女たちは、初めて見る古びた建物に興味をそそられた。
しかし、宿の主である老婆は、彼女たちに警告をした。
「この宿には、夜になると現れる霊がいる。特に、夜中の3時を過ぎると、眠ることはできん」と。
由美は、そんなことは気にせずに、友人たちと楽しい時間を過ごしていた。
しかし、泊まった部屋は、薄暗く、湿気の匂いが漂っていた。
夜が深まるにつれ、友人たちもいつの間にか眠りにつき、部屋は静まり返った。
真夜中、由美は目を覚ました。
静かな室内に耳を澄ましていると、どこからか微かな声が聞こえてきた。
「助けて、助けて…」その声は、まるで悲しみに満ちているようだった。
恐る恐る窓の外を見やると、月明かりの下に、白いワンピースを着た少女の姿が浮かんでいた。
彼女の目は大きく、由美をじっと見つめていた。
由美は恐怖と好奇心に駆られ、慎重に部屋を出た。
声のする方へと進んでいくと、宿の廊下は薄暗く、まるで別の世界に迷い込んだかのようだった。
廊下の先には、さらに細い階段が続いていた。
声はそこで聞こえてくる。
ゆっくりと階段を下り、彼女は地下の部屋に辿り着いた。
ドアは、どこかひんやりとした感触があり、彼女は躊躇いを感じた。
しかし、声が「来て、私を助けて」と呼びかけてくるので、思わずドアを開けた。
暗闇の中、彼女はその少女を見ることができた。
少女は、自分の指を部屋の隅に指し示し、「そこに、私の思い出がある」と言った。
その瞬間、由美の体は硬直した。
恐ろしい記憶が心の奥底から蘇り、彼女の幼少期の友人が、目の前に立っていることを理解した。
数年前、彼女は、学校で一緒に遊んでいた友人の明美を失った。
明美が、山で行方不明になり、その姿は二度と見つからなかったのだ。
由美は、自分が彼女を忘れてしまったことで、あの子が悲しんでいるのだと気づいた。
「私は、ここにいるよ。思い出して…」と少女は言った。
由美は涙を流しながら、明美を呼び寄せた。
しかし、無情にも、明美の姿は消え去り、ただ静寂だけが残った。
驚いて目を開くと、彼女は再び自分の部屋に戻っていた。
周囲はすっかり明るくなり、友人たちが心配して彼女を見つめていた。
由美の心には、明美のことを忘れてはいけないという決意が生まれた。
数日後、彼女は明美の墓参りへと向かった。
静かな山の中、明美の名前を呼ぶと、不思議なことに、涼しい風が吹いてきた。
胸の奥が温かくなるような感覚を覚えた彼女は、自分の心の中に彼女の存在をしっかりと刻みつけることができた。
それ以来、由美は明美のことを忘れず、彼女の想いを胸に抱いて生きることを決めた。
その温泉宿での体験はただの怪談ではなく、彼女にとっての大切な教訓となったのだった。