家の中にある使われていない庫。
それは、長い間閉ざされたままの暗い空間だった。
その庫は、かつて家族の大切なものや思い出が詰め込まれていた場所だが、年月とともに忘れ去られ、今ではただの物置と化している。
しかし、誰もがその庫に近づきたがらなかった。
特に、最近起こった出来事がさらにその恐怖を増幅させていた。
その家に住む山田直樹は、ある晩、自宅にいるときに不思議な音を耳にした。
静まり返った家の中で、何かが響くような音。
最初はただの風だろうと考えたが、その音は徐々に明確になり、次第に不快なイメージを抱かせた。
音の正体はやがて、閉じられた庫の中から聞こえてくることに気づく。
その音は「トントン」と小さく響いていた。
直樹は勇気を振り絞り、その庫に近づくことにした。
彼の心臓はどくどくと鳴り響き、引き裂かれるような恐怖が全身を包んだ。
彼はドアをゆっくりと開け、暗闇の中に足を踏み入れる。
視界は冗長な黒に覆われており、まるで何かが潜んでいるような不気味さがあった。
「誰かいるのか?」直樹は声を震わせながら呼びかけた。
返事はなかった。
ただ、目の前の棚に積まれた古びた箱が、ますます薄暗い影を落としていた。
その箱の一つが微かに揺れているのを見て、彼は目を凝らした。
そして、その瞬間、彼の視界の隅に、ぼんやりとした人の姿が浮かび上がった。
それは女性の姿をしていた。
引き伸ばされた影は、徐々に形を成し、まるで長い髪をしているように見える。
しかし、その表情は彼に向けられておらず、どことなく孤独な雰囲気が漂っていた。
直樹は背筋が凍り、その場から動けなくなった。
彼はその女性の姿が、次第に近づいてくるのを感じた。
彼女はまるで幽霊のように、ゆっくりと歩み寄ってくる。
直樹は恐怖で立ち尽くしていたが、彼女が口を開くと低い声で囁いた。
「出て行け…出て行け…」その言葉は、彼の心の奥に深く突き刺さった。
直樹は、逃げるように庫から飛び出した。
しかし、逃げた先で立ち止まると自分の家の中にもかかわらず、身動きが取れない。
この家全体が不気味な闇に包まれ、正気を保てなくなるような感覚に陥る。
心の中の孤独感と不安感が彼を捉え、どこを見ても彼女の影を感じる。
その晩、彼は眠れなかった。
影のような彼女は、夜を通して彼を見つめているように感じた。
次の日、直樹は友人に相談することにした。
しかし、話すと、その友人は笑って言った。
「そんなことありえないよ。怖がり過ぎだって!」と。
結果、大勢で集まることになり、直樹は再びその庫に入らなければならなかった。
その夜。
仲間たちと共に庫の前に集まった直樹は、意を決してドアを開く。
すると、先ほどの女性が再び姿を現し、今度は彼の顔をじっと見つめていた。
彼女の表情は変わらない。
ただ、その目はどこか悲しげで、直樹へ向けられた無骨な思いが届いてくるようだった。
「私がここに居る理由は、忘れ去られた記憶…」彼女の声が響く。
「どうか、私を思い出して…」その瞬間、彼女の姿がさらに明瞭になる。
彼の母親の姿だった。
直樹は思わず息を呑んだ。
母の存在、思い出は発見されながらも、彼自身が遠ざけることで彼女を孤独にさせていたのだ。
「出て行け」ではなく「思い出して欲しい」だった。
母の不在を悔いながらどこか孤独を感じていた直樹は、暗い庫の影に縛られていたのだ。
心に迫る感情とともに、彼は今までの恐怖がその惨状を隠していたことに気づいた。
この家には、彼の思い出と共に彼を待ち焦がれている存在がいたのだ。
直樹は、彼女に向かって一歩を踏み出した。