「忘れ去られた声」

ある地方の古びた学校には、今も残る怖い噂があった。
かつて、学校の屋上から一人の生徒が転落して亡くなったという。
その生徒の名は佐藤明美。
彼女はどちらかというと孤立した存在で、友達も少なかった。
彼女はいつも一人で居ることが多かったが、ある日その日のことが運命を変えることになる。

ある雨の日、放課後の教室で明美は窓際に座り、本を読んでいた。
外は灰色の雲に覆われ、肌寒さが教室に漂っていた。
教室には誰もおらず、静けさだけが広がっていた。
その時、突如として明美の目の前に、一筋の光が差し込んできた。

その光は教室の入り口のほうに向かって伸びていた。
何かの気配を感じた明美は、目を細めてその光を見つめた。
すると、その光の中からかすかな声が聞こえた。
「私を助けて……」それは、どこか悲しげな響きだった。
驚きつつも、明美はその声に引き寄せられるようにして、教室を出た。

廊下を進むにつれて、その声はますます大きくなっていった。
声は、明美を屋上へと導くかのようだった。
少し足元が不安になりながらも、明美はその声に従い、階段を駆け上がっていった。
屋上に着いたところで、周囲を見回すと誰もいなかった。
心臓が高鳴り、明美は一瞬だけ躊躇した。
しかし、その時再び「助けて」という声が響いた。

明美は恐れながらも、声の主がいるであろう場所へ近づく。
屋上の端に立つ一人の少女が見えた。
彼女は透明のようにはっきりとは見えず、ただその姿がかすかに浮かび上がっていた。
明美は思わず「誰?」と声をかけた。
すると、少女は振り向き、明美の目をじっと見つめ返してきた。
その視線はどこか哀しげで、彼女の目には涙が浮かんでいるようだった。

「助けて……私、ここから逃げられないの」と少女は再び呟いた。
明美は恐れを感じつつも、その少女に惹かれ、近づいて行った。
「あなたは……佐藤明美?」思い切って聞いてみると、少女は微かに頷いた。

「そう。私がここにいる理由は、私がこの学校で生きた時のことを忘れられないから。皆に忘れ去られ、私の存在が消えてしまった。私を思い出して欲しい」と少女は涙を流した。
明美はその話を聞き、胸が苦しくなった。

その時、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
明美は急に恐怖を感じ、後ずさりした。
「行かないで……お願い、私を助けて」と明美の心の奥に、その少女の声が響いた。
彼女の姿はぼやけ、周囲も次第に暗くなっていった。

「ああ、待って!どうやって助ければいいの?」返事をする明美。
その瞬間、少女の笑顔が浮かび上がったが、同時に周囲の空気が異様に変わった。
驚いて振り返ると、屋上の端に立っていた彼女は、いつの間にか消えてしまっていた。

その後、明美は屋上を不安げに見回し、恐怖に駆られながらも下校することにした。
何事もなかったように過ぎ行く時間には、ただ静寂だけが残っていた。
しかし、その夜、明美は夢の中で再び少女に出会う。
彼女は微笑み、優しく言った。
「忘れないで。私はここにいるから」明美は目を覚ますと、背筋が寒くなるのをみた。

学校には、あの事件以来、彼女の名を叫ぶ声が時折聞こえてくるという。
友達の少なかった彼女が、誰かに思い出してほしかった。
それが今も、どこかの教室で響いているのかもしれない。

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