彼女の名前は三田 幽(みた ゆう)。
彼女は小さな町に住む平凡な女子高校生だった。
普段の学校生活には何の変哲もなく、友達と過ごし、授業が終われば部活に参加する日々を送っていた。
しかし、彼女には誰にも言えない秘密があった。
夜になると、彼女は誰もいない自宅で一人、古いレコードプレーヤーを引っ張り出し、何度も聞き返すある歌に魅了されていたのだ。
その歌は、祖母がかつてよく歌っていた童謡で、幽が幼い頃から聞かされていたものだった。
歌詞には物語のような深い意味が込められていて、幽はそれに惹かれるのだった。
しかし、この歌には不気味な噂があった。
歌を聴いた者の中から、夜中に不思議な現象に襲われたり、突然姿を消したりする者がいるというのだ。
この噂は町の中でまことしやかに語られ、幽が興味本位で歌を聞いていることなど、友人たちには決して話せなかった。
ある月明かりの夜、幽はいつも通りレコードプレーヤーを回し、薄暗い部屋の中でその歌に耳を傾けていた。
鹿の鳴き声が遠くから聞こえる中、彼女の心は次第にこの歌の世界に引き込まれていった。
「れ、れ、れ、この森の奥深くに…」そのメロディはまるで彼女を招いているように感じられた。
歌の内容は、失われた者たちが森の中で待っているというもので、幽はその言葉に惹かれ、自然と目を閉じた。
何度も聴くうちに、幽の心の奥には違った感情が芽生えてきた。
それは、歌を通じて何かに「呼ばれている」感覚だった。
彼女はただ歌を聞いているだけでは満足できなくなり、実際にその森へ行かなければならない、そんな衝動に駆られてしまった。
幽はその夜、迷わず外に出た。
先ほどまでの静けさとは打って変わって、薄暗い森は不気味な静寂に包まれていた。
幽は目を光らせながら、歌の中で語られていた場所を探し、果てしなく続く道を進んだ。
「れ、れ、れ…」ふと耳元でささやく声がした。
その瞬間、恐怖感が彼女を襲った。
近寄るにつれ、周囲の空気が変わった。
歌の旋律が強まり、魅了されたように歩みを進めてしまった。
目の前に、不気味に揺れる木々の間から不気味な光が漏れ出し、何かが彼女を引き寄せていた。
幽は恐怖心を感じながらも、歌のメロディの虜になり、静かにその光の方へ近づいた。
その時、彼女の目の前に一人の少女が現れた。
彼女の顔は白く、真っ直ぐに幽を見つめている。
少女は白いドレスをまとい、まるで幽が聞いていた歌の中から抜け出してきたかのようだった。
「あなたも、ここに来てくれたのね。」その声は、どこか知っているような、不気味な心地よさを持っていた。
幽は引き寄せられるように少女の元に駆け寄った。
「あなたは誰?」と尋ねると、少女は微笑みながら答えた。
「私は、歌に導かれた者。ここは、忘れ去られた者たちの居場所。あなたも一緒に歌を歌い、ここに留まって…。永遠に。」その言葉が彼女の心に響き、同時に身体が前に引かれるように感じた。
恐怖と魅了の狭間で、幽は心の中で葛藤した。
しかし、少女の目は彼女を捕らえ、逃れられない運命のように思えた。
「いいえ、私は帰りたい!」そんな声が心の底から湧き上がるものの、それはまるで無力な叫びのようだった。
そして、幽の手が少女の手に触れた瞬間、歌のメロディが一層鋭く高まり、まるで彼女を永遠にその場所に閉じ込めるかのようだった。
今、三田幽はその森から消え、彼女の姿や声は誰にも見えない、誰にも聞こえないものとなった。
夜が更けるたび、森の奥からは少女と共に歌を歌う声が響き渡る。
「れ、れ、れ、忘れ去られた者たちの歌…」それは、彼女の秘めた願いが成就した証でもあるが、同時に誰もが恐れる運命への誘いなのだ。