「忘れ去られし者たちの囁き」

荒れ果てた山奥に位置する村には、誰もが忌み嫌う場所があった。
村人たちはそれを「怪の森」と呼び、決して近づかないようにしていた。
そこには、昔から伝わる奇妙な言い伝えがあったという。
村の外れに住む若者、佐藤健太はその伝説に興味を持ち、好奇心に駆られついに怪の森へと足を運ぶことを決意した。

ある晩、月明かりの下、健太は森に足を踏み入れた。
湿った土の匂い、木々の間を流れる冷たく静かな風、そしてどこからともなく聞こえる微かな囁き声。
彼は汗ばんだ手で懐中電灯を握りしめ、慎重に進んだ。
森はどんどん深くなるが、彼の心を掻き立てる何かがそこに存在しているような気がした。

さらに進むと、広場のような場所に出た。
そこにはいくつかの朽ちた石碑が立っていた。
その中の一つに目をやると、古びた文字で「この地に住まう者は、背負いし音を聴くことなかれ」と書かれているのが見えた。
健太は、その文の意味を考えたが、好奇心が勝り、何かが彼をその音へと引き寄せていた。

その瞬間、周囲が急に静まり返った。
耳を澄ますと、確かに音が聞こえてくる。
それは、風に乗って流れてくるような、何かが引きずられる音だった。
不安が胸を締め付けたが、健太はその音の正体を確かめるため、さらに進んでいった。
音は次第に大きく、そして明確になっていった。

健太は振り向こうとしたが、背後に何かが迫っている気配を感じた。
「逃げろ!」という心の声が鳴ったが、体は動かない。
冷静を保とうと必死だったが、心臓は鼓動を速め、視界が歪んでいく。
振り返ると、暗闇の中に一人の少女の姿が見えた。
白い着物を着た少女は、無表情で立っており、彼の視線を捉えた。

「助けて……私を解放して…」少女は静かに呟く。
その言葉に健太は動揺した。
何が彼女をそこに縛り付けているのか?彼は思わずその場から逃げ出そうとしたが、体が言うことを聞かず、まるでその場所に留められているかのようだった。

次の瞬間、少女の背後から不気味な音が響き渡った。
それは、まるで誰かが地面を引きずる音のようで、周囲がさらなる緊張で包まれた。
健太は思わず悲鳴を上げた。
その音は彼に、この森に潜む不気味な存在を思い出させた。
村人たちが語る「怪の森」の言い伝え。
それは、かつてここで命を落とした者たちの未練が音として現れるというものだった。

その時、少女が顔を歪めて彼を見つめた。
「私も、助けてほしい…」彼女の声はエコーのように響き、まるで森全体が彼女を支えようとしているかのように思えた。
健太は決意を固めた。
少女を助けるためには、何かをしなければならない。

振り返り、音の源へ向かうと、そこには複数の影がうごめいていた。
無数の過去の亡霊が、彼を取り囲む。
健太は思い切って叫んだ。
「私たちに何を求めているんだ!?」その叫びに、影たちは一瞬止まり、彼を凝視した。

「私たちは、忘れ去られし者たち…ただ、誰かに覚えてもらいたいの…」彼はその言葉に心を揺さぶられ、少女を助けるためには、彼らの声を伝えなければならないと悟った。

健太はその場に立ち尽くし、彼らの存在と向き合う決意をした。
彼は村へ帰り、住人たちに妖しい森のこと、そこに隠された物語を伝えることを誓った。
それこそが、彼らの背負いし痛みを解放する唯一の手段だった。

そして、その後、健太は村人たちを連れて再び森を訪れ、彼らの物語を語り続けた。
捕らわれし者たちの声を届けることで、森の音は次第に静まり、やがて風に乗せて彼らの未練は消えていった。
健太はその光景を見つめながら、彼自身もまた少しだけ、軽やかになった気分を感じていた。

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