ある町の外れに、古びた停車場があった。
かつては賑わっていたその場所も、今では使われなくなり、静寂な空気が流れていた。
周囲には何もなく、ただ線路がのびるだけの寂しい光景だった。
その停車場は、地元の人々の間で「忘れられた駅」と呼ばれるようになっていた。
響(ひびき)という名の男は、過去に大切な人を失ったことで心に深い傷を持っていた。
彼は意識的に人との関わりを避け、心の痛みから逃れるために仕事に没頭する日々を送っていた。
しかし、ある夜、ふとした理由からその停車場に立ち寄った。
月明かりの中、響はその場に立ち尽くし、失った人の面影を思い浮かべた。
その瞬間、遠くから木が揺れる音と共に、何かが彼を呼ぶような不思議な声が聞こえた。
「響…」というその声は、まるで彼の名を知っているかのように響いた。
驚いた響は振り返ったが、誰もいない。
ただ静かな風の音だけが周囲を包んでいた。
気のせいだろうかと思いながらも、響はその場に居続けることにした。
すると、再び声が響く。
「響…助けて…」。
今度は確かに確信することのできる声だった。
それは、彼がかつて失った人、友人の祐介(ゆうすけ)の声だった。
響は息を飲み、何が起こっているのかわからなかった。
祐介は数年前、事故で亡くなったはずだった。
その夜、響は祐介の言葉に導かれるように、停車場の奥へと進んでいった。
すると、線路の脇に小さな祠が見える。
そこには花が供えられ、小さな木製の札には「義」と書かれていた。
響はその札を見つめ、「義」とは何を指しているのか考えた。
その時、またもや声が響く。
「失ってしまったものは、もう戻らない。でも、私の思いはここに残っている。義を果たすために、私を忘れないでほしい」。
響は胸が締め付けられるような感覚に襲われ、涙がこぼれそうになった。
そして、彼は真実に気づいた。
停車場は、忘れ去られた者たちの思いが残る場所だった。
彼が祐介を思い続ける限り、祐介の存在はここに留まるのだと。
しかし、もし彼が忘れてしまったら、祐介の意志が失われてしまうのではないかと恐れた。
響は祐介への約束をする。
「君を忘れない。もう絶対に。今までのことを胸に抱いて生きるよ」。
その瞬間、響の目の前に祐介の姿が現れた。
彼の顔は柔らかな笑みを浮かべ、言葉を交わさずとも通じるものがあった。
響の中にあった痛みが少しずつ癒されていくのを感じた。
しかし、響ははっと気づく。
どれだけ心の中に祐介を抱えていても、現実の世界では彼の思いを残すことができなければ、真の「義」を果たすことはできない。
響はその場から立ち去り、小さな祠に手を合わせた。
「君のことは忘れない。必ず君の義を果たすから、見守っていてほしい」と。
翌朝、響は再び日常へと戻っていく。
彼の心には祐介の存在が宿り、彼が残した言葉が生き続ける。
忘れられた駅は、響の心の中で永遠に色あせることのない場所と化した。
そして、彼は今まで以上に友人を想い、周囲に目を向け、彼の意志を尊重することで彼自身の人生を豊かにしていく決意を固めた。