「忘れられた駅の白い影」

ある静かな夜、東京の郊外にある小さな駅に、秋山という男が降り立った。
長い仕事終わりの帰路、普段は賑わうはずの駅も、その日は異様なほどの静けさに包まれていた。
秋山は少し不安を感じながら、その駅の中を歩き始めた。

突然、彼は何かの視線を感じた。
周囲を見渡しても誰もいない。
だが、彼の心のどこかに、怨念のようなものが迫ってくるのを感じた。
秋山は息を呑み、駅の壁が湿っていることに気づいた。
まるで誰かの涙が掻き混ざったかのように、暗い影が壁を蔽(おお)い、彼の心に不安を募らせていった。

ふと、彼は改札付近で何かの気配を感じた。
薄暗い光の中に、白い影が揺らめいている。
それは、駅のすぐ近くでかつて電車事故に遭ったという女子高生の霊だった。
彼女は、駅の利用者だったと思しき人々の記憶と魂に呼び寄せられ、今もなおその場に留まっているのだ。

女子高生の姿は、ほんのり透き通るように白く、悲しげな表情をしていた。
秋山は彼女に近づき、「どうしたの?」と声をかけた。
すると、彼女の目が大きく見開かれ、彼をじっと見つめた。
両手を広げ、無言で何かを訴えかけていた。
彼女の視線には、その場から自分を解放してほしいという強い思いが込められているようだった。

彼女は何度も、助けを求めるようにその場で身を震わせ、また消え去りそうになった。
秋山は心がざわめき、彼女の存在の重みを感じた。
目の前の女子高生は、心の底から解放されたい思いを抱えているのだ。
その思いは、駅の忘れられた記憶の中で、彼女の魂を蔽(おお)い続けているのだろう。

「私を助けて」と彼女は静かに呼びかけた。
その瞬間、秋山は自分が何をすべきかを悟った。
彼女の魂を解放するためには、どうしてこの場所に留まっているのかを知る必要があると思ったのだ。
彼は彼女に自分の心情を伝え、「君のことを教えてほしい」と言った。

女子高生は、少しずつその姿を明るくしながら、事故のその日を語り始めた。
彼女は友達と帰宅するためにここに立ち寄ったが、急に走った電車に引かれてしまった。
彼女の心の中には、その時の恐怖と悔いがずっと残っている。
彼女はまだ、友達との約束を果たせないままでいるのだ。

秋山は彼女の話を聞くうちに、彼女の心の深い悲しみを感じ取った。
彼は決心した。
駅の人々に彼女のことを伝え、無念の霊を思い出させ、彼女の存在を語り継ぐことで、彼女の魂をこの駅から解放する手助けをしようと。
彼女の心の中で自分に託けられた使命の重さを、秋山は痛感していた。

「君のことは忘れない。ここにはもうあなたがいなくなっても、あなたの想いを伝え続ける」と約束をした。
その瞬間、女子高生の面影が少しずつ薄れ、彼女の表情が穏やかになった。
彼女は一瞬微笑み、姿を消していった。

秋山はその後、駅周辺で事故のことを語り始めるようになった。
彼女のことを忘れないように、そして彼女の無念を伝えられるように、彼は駅の利用者にその話を広めることにした。
秋山の心には、静かに輝く彼女の記憶が宿り、彼女の魂を守る役目を果たし続けることが、彼自身の心の救いとなった。

その後、駅に訪れる人々は、いつしか彼女の存在を意識するようになり、彼女のことを思い出し語る。
かつての痛みは確かにあったが、それを蔽(おお)うように、彼女の霊は静かに安らぎを得て、ようやくその場から解放されたのだった。

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