「忘れられた館の声」

深い森に囲まれた古びた館、そこで起こる奇妙な出来事が村の者たちの間で噂になっていた。
館は何十年も前から放置され、周囲の木々の影に隠れていた。
その姿は、まるで誰かに忘れられたかのように、朽ち果てていく運命にあった。
しかし、そこには一つの家族が住んでいた。
彼らはその館の新しい住人、佐藤家だった。

佐藤家は、父・康太、母・美咲、そして二人の子供、ゆうなとたくまの四人家族だった。
引っ越してきた当初、彼らはこの館に魅了され、広々とした部屋や美しい庭にわくわくしていた。
しかし、日が経つにつれ、彼らは奇妙な現象に直面することになる。

ある晩、康太は遅くまで仕事をしていたが、ふとしたことで館の中に不気味な静けさが広がっていることに気付いた。
彼は全身に嫌な予感を感じた。
音のしない館の中を歩いていると、ふと、廊下の壁が裂ける音がした。
驚いた康太は急いでその音のする方へ向かったが、そこにはただの壁しかなかった。

家族の一員である美咲も同様に異変を感じていた。
夜中に目が覚めると、薄暗い部屋の隅に誰かが佇んでいるのではないかと思った。
彼女は目を凝らしたが、ただの影に過ぎなかった。
だが、直感的に何かが違っていることを感じていた。
次第に、幼いゆうなとたくまも不安を抱くようになった。

「お母さん、夜中に誰かが話しているのを聞いた」とゆうなが言った。
美咲は、それが夢であることを願おうとしたが、ゆうなの目は真剣そのものであった。
たくまも、何かが館の中で起きていると感じていた。

ある晩、康太は夢の中で謎の声を聞いた。
「己を忘れ、わを忘れよ。我が元に戻ってこい。」それは不気味な低い声で、康太は夢から目覚めた後もその言葉が頭から離れなかった。
彼はその声が何を意味するのか、恐怖と興味がない交ぜの気持ちを抱えていた。

数日後、佐藤家は再び不気味な現象に直面した。
家族全員が集まっていると、急に館全体が揺れるような感覚が襲ってきた。
壁に亀裂が入り、広がっていく。
康太が「これは何だ?」と叫ぶと、目の前に裂けた壁から現れたのは、無数の手だった。

「戻ってこい、己を忘れよ。」その声は巻き戻されるように響き、家族を包み込んだ。
美咲は不安に駆られ、「私たちが何を忘れたというの?」と叫んだ。
そんな彼女の問いかけに対し、無数の手はゆっくりと近づいてきた。

その瞬間、康太は気付いた。
「これが、私たちの祖先がこの館で感じた孤独なのだ…。」彼は自らの過去、祖先たちが抱えていた心の闇を思い出した。
それは家族との絆を忘れかけていた己の心の痛みだった。

裂けた壁からの声は続く。
「わを忘れ、己を思い出せ。さあ、私たちを受け入れよ。」康太はこみ上げる感情を抑え、「私たちはここにいる。決して離れない。家族として、一緒にここにいるから。」と強く言った。
その言葉を受けて、無数の手は急に引き戻された。

館は静まり返り、家族は一つの心で結びついた。
その日以来、奇妙な現象は収束し、彼らはこの館での生活を新たに始めることになった。
しかし、館の奥底には未だ忘れられた過去が宿ることを忘れず、家族として絆を深めていくのだった。
彼らはこれからも、決して「離」れることはない。

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