野原が広がる地方の村には、一つの小さな屋敷があった。
代々、先祖代々その土地に住んでいた鈴木家は最近、若い夫婦の不幸な事故を理由に村を離れることに決めていた。
それは奥さんの美紀が、夫の直人と一緒に、近所の友達である沙織と一緒に遊びに出かけた日、突然の暴風に見舞われたことから始まった。
その日は、青空が広がり、穏やかな午後だった。
三人は野原で遊んでいたが、夕方になると突然、雲が空を覆い、強風が吹き始めた。
一瞬のことで、周囲は混沌とした。
美紀は沙織をかばおうとしたが、その時、強風に煽られ、小さな丘から転げ落ちたのだ。
直人は彼女を助けようとしたが、砂嵐のような風が彼を押し返し、美紀は土に埋もれて動けなくなった。
その事件をきっかけに、美紀の霊は野原に残されることとなった。
彼女はずっと、幸せな思い出の中にいたかったが、次第に強風の音に怯え、無惨に風にさらわれる日々に耐えられなくなった。
時折、村の人たちには美紀の姿が見えると言われ、特に暴風の日には彼女が現れることが多かった。
村人たちの間では、美紀がその野原に引きずり込まれた原因を知る者は少なく、噂は次第に大きくなっていった。
そのため、小さな村では折に触れ「美紀の霊」にまつわる話が語られるようになった。
特に、誰かが美紀の名を呼ぶと、物が暴れ出すような現象が起こるという。
ある日、好奇心に駆られた高校生の圭太と智子は、その噂の真相を確かめることに決めた。
彼らは学校帰りに野原へ向かい、美紀の霊に関する実験をしようと考えた。
「美紀さん、ここにいるなら、何か反応してよ」と言い、周囲を見渡した。
しかし、何の変化も起きなかった。
それでも圭太は「何も起こらないじゃん」と笑いながら言った。
智子は少し怖くなり、「やっぱり帰った方がいいんじゃない?」と言ったが、圭太は無視して「俺はまだやるよ」と言った。
その瞬間、突如として強風が吹き始めた。
冷たい風が二人の周りを吹き抜け、圭太は不気味に感じた。
智子が声を震わせて叫んだ。
「やめて、やめて!」
暴風が二人の周囲を取り囲み、智子の帽子が飛ばされた。
圭太は帽子を追いかけたが、風にさらわれて見失ってしまった。
耳をつんざくような風の音が響き、不気味な声も聞こえ始めた。
その声は美紀のものに似ていて、「私を忘れないで」とささやくように聞こえた。
圭太はその声に引き寄せられるように、一歩ずつ前に進んだ。
その瞬間、智子が彼を引き留めようと手を伸ばしたが、彼は振りほどいて野原の奥へ走り出した。
そこには緑の草が生い茂り、まるで何かが埋もれているようだった。
圭太は無我夢中で進み、地面を掘り始めた。
そして、彼の手が何かに触れた。
それは、美紀が残した日記だった。
その日記を開くと、美紀の言葉が綴られていた。
「私を思い出してくれたら嬉しい。でも、この場所にはもう戻れない…。だから、私の思い出を大切にして…。どうか、誰も私を忘れないで」と、その言葉が彼の心を締め付けた。
智子も駆け寄り、ビックリした様子で二人は日記を見つめていた。
すると、急に周囲の風が凄まじい音を立てて吹き荒れ始めた。
彼らの周りに黒い影が現れ、一瞬にして視界を奪っていった。
圭太は思わず目を閉じ、智子の手を握りしめた。
気がつくと、強風が止んで静寂が戻ってきた。
その後、圭太と智子は野原から逃げ帰り、美紀の思いを村人たちに伝えることにした。
彼女は苦しみながらも、忘れられたくないという願いを持っていたのだと。
その日から、村には美紀の霊にまつわる新たな噂が生まれ、彼女の記憶は、野原に生き続けることとなった。
彼女は恐れることなく、誰かに思いを伝える存在として、語り継がれていくのであった。