「忘れられた道の影」

ある静かな町、名もない小さな村が広がる場所に、佐藤健二という若い男性が住んでいた。
健二は毎晩、仕事の帰りに通る古い道があった。
それは、舗装が剥げ、草が生い茂る不気味な道で、男の言い伝えによれば、数十年前に事故があった場所だと言われていた。
事故で命を落とした人々の魂が今もなお、その道を彷徨っているという。

ある晩、健二は仕事を終え、いつも通りその道を車で走っていた。
後部座席には彼の親友である山本宏樹が乗っていた。
二人はこの道を通るのは初めてではなかったが、夜が深まるにつれてその道の雰囲気が一層不気味になっていることに気づいた。

「この道、なんだか気味悪いな」と宏樹が言った。
健二は笑って「大丈夫だよ。ただの噂さ」と言ったが、内心は不安感が募っていった。
まるで周囲の暗闇が彼らを取り巻いているかのように感じられた。

走り続けるうちに、健二の車に異変が起こった。
エンジンが突然止まり、真っ暗な中で車が動かなくなった。
健二は心拍数が上がり、思わず「どうしたんだ?」とつぶやいた。
宏樹も不安そうに顔を向けた。
外は静まり返り、冷たい風が車の周りを吹き抜けていた。

「仕方ない、ちょっと外を見てくるよ」と健二は言い、車から降りることにした。
夜空の星々が微かに輝いている中、彼は車のボンネットを開き、エンジンを確認しようとした。

するとその時、何かが視界の端を横切った。
健二は振り返ったが、何も見えなかった。
ただ、薄暗い道の先に一筋の光が現れた。
まるで誰かが迎えに来ているかのような、その光に誘われるように彼は一歩踏み出した。

「健二、友達を置いて行くな!」と宏樹の声が響くが、その声はどこか遠く感じられた。
健二は光を追いかけて道を進む。
いつの間にか、道は次第に曲がりくねり、彼を知らぬ間に深い森の中へと導いていた。

森の奥へ進むにつれ、光は徐々に近づいていく。
近づいた瞬間、彼は目の前に大きな車が止まっているのを見た。
その車は昔のモデルで、ボディは傷だらけ、まるで事故の影を宿しているかのようだった。
その車の周囲には、薄っすらと煙のように漂う人影が見えた。

恐れを感じた健二は後退ろうとしたが、足が動かない。
「おい、健二、戻ってこい!」という宏樹の声が遠くで聞こえるが、彼の身体はまるで何かに縛られているかのように、動かなかった。
人影が一歩、また一歩と彼に近づいてくる。

その瞬間、彼は理解した。
彼らは無数の魂、数十年前にこの道で命を落とした人々の姿だった。
彼らの目は虚ろで、何かを伝えようとしているが、口を開くことはなかった。
ただ、悲しみと訴えを込めた視線だけが彼に向けられていた。

健二は心の底から恐怖を感じ、「助けてくれ!」と叫びたい衝動に駆られた。
しかし、声は出ない。
彼はその場で立ち尽くし、魂たちの訴えを聞こうとした。

「私たちの痛みを、忘れないで…」と空気の中に浮かび上がるように、かすかな言葉が耳に響いた。
彼はその言葉の意味を理解することができなかったが、何か大切なものが彼の心に深く刻まれるのを感じた。

その瞬間、再び車のエンジン音が聞こえ、彼を呼ぶ宏樹の声がはっきりと耳に届く。
「健二!こっちに戻れ!」彼は我に返り、急いで車の方へと駆け戻った。
そして、再び車のドアを開けて乗り込むと、宏樹はほっとした表情を浮かべていた。

車が動き始めたとき、後ろを見ると、あの人影たちが静かに立ち尽くしているのが見えた。
彼らは決して健二のことを恨んでいるわけではない。
むしろ、彼らの存在を忘れられたくないという願いが満ちていた。

その後、健二はその道を通ることはなかった。
しかし、彼の心の奥に彼らの姿は焼き付いており、時折、あの夜の不気味な声が彼を呼ぶこともあった。
彼は彼らを忘れないために、心の中で小さな祈りを捧げ続けている。
彼の中では、彼らの痛みは永遠に続く影として生き続けることになるだろう。

タイトルとURLをコピーしました