「忘れられた道の声」

ある晴れた日の午後、彼女は田舎の道を一人で歩いていた。
名前は佐藤美咲、彼女は大学の友人と遊んだ帰り道だった。
周囲は緑に囲まれ、風が心地よく、ほのかに花の香りが漂っていた。
美咲はそのまま何気なく進んでいくが、次第に道は細く、周りには人の気配が感じられなくなっていった。

その道を進んでいると、彼女は視界の端に、はっきりとした白い影を見つけた。
それは、道の上に立つ一人の女性だった。
彼女は長い黒髪で、白い衣をまとっていた。
不思議とその女性には見覚えがあったが、美咲はすぐには思い出せなかった。
「こんにちは」と声をかけるが、女性はただ聞こえない返事をするようにうつむいている。
美咲はその姿を不気味に感じながらも、引き返す勇気が出ず、また一歩、近づいてみることにした。

近づくにつれて、女性の姿は徐々に不鮮明になっていった。
まるで空気の中に溶け込むかのように。
美咲はぞっとし、その場を離れようと後ろへ振り返った刹那、目の前で大きな声が響いた。
「私を忘れないで…」それは女性の声だったが、どこからともなく聞こえてくるようだった。

美咲は恐怖に駆られ、全速力でその場を逃げ出した。
しかし、走れば走るほど、道は続いているかのように感じられた。
振り返っても、女性の影は後ろにいるような気配がする。
息が切れ始め、心臓が高鳴る。
時折、後ろから「助けて」という声が響くたびに、恐怖は増していった。

困惑する美咲は、自分が今、どこにいるのかさえ分からなくなっていた。
突然、大きな音がし、美咲は転倒した。
周囲は漆黒に包まれ、まるで時間が止まったかのようだった。
美咲は恐る恐る周りを見回す。
「誰か…いるの?」

すると、暗闇の中から顔が現れた。
それは女性だった。
再び着物をまとい、真っ白な顔で美咲を見つめていた。
彼女の目は悲しみに満ちていた。
「どうして私を忘れたの?」その声は再び響き、まるで美咲の心に直接触れるようだった。

美咲はその瞬間、女性の記憶を思い出した。
数年前、彼女がこの道を歩いていたときに出会った友人の妹だった。
事故で亡くなったその子を、美咲は忘れていたのだ。
彼女の存在をまるで自分の心の奥に封じ込めるように、忘却の彼方へ追いやっていた。

「ごめんなさい…」美咲は涙を流しながら謝った。
「あなたのことを、ずっと忘れてた。私は、助けられなかった…」

すると女性の表情が変わり、悲しみから安堵へ、少しずつ変わっていった。
「私の存在を思い出してくれてありがとう。」彼女の声は優しさを帯び、光のように周囲を照らし始めた。
美咲はその光に包まれ、心の重荷が少しずつ軽くなるのを感じた。

やがて光が消え、道は元の青空に戻っていた。
美咲は振り返ると、道の向こうには何もなかった。
彼女は、もう一度振り返り、深く息を吸ってから歩き出した。
背筋が伸び、心の中に少しの清々しさが戻った。
友人の妹が何かを伝えたかったのだと理解し、ただ忘れられていたくなかっただけだということを。

美咲は自分の心の声に耳を傾けながら、この道を再び歩くことを誓った。
それは生きている証を示すため、決して忘れないという想いを胸に秘めながら。
彼女の心に響く声は、今も静かに耳を澄ませているのだった。

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