「忘れられた笑い声」

家族が住む古びた家、その家はかつて賑やかな笑い声で満ちていた。
だが、今は無人のまま、時間だけが彼らの記憶を薄れさせていく。
主な登場人物は、佐藤家の四人だった。
父の昌也、母の美和、そして二人の子供、長男の優斗と次女の玲奈。
彼らは突然の事故によって、愛する者を喪った。
優斗は近所の川で遊んでいた際、深みにハマり、悲劇的に命を落としてしまった。

それ以降、家の中はどこか重たく、空気が淀んでいた。
特に母の美和は、優斗の死を受け止めきれず、感情の波に飲まれていた。
彼女は日々、優斗との思い出を巡りながら過ごしていたが、次第にその思い出に囚われてしまった。
家の中には優斗が使っていたおもちゃがそのまま残されていて、彼女はそれを見ながら涙を流す日々が続いた。

ある夜、美和はふと、優斗の部屋に入ってみた。
暗い部屋には、優斗の好きだった青い光る星のシールが壁に貼られ、彼が遊んでいたおもちゃの数々が静かに佇んでいた。
その瞬間、何かがおかしいと感じた。
暗闇の中で、彼女は優斗の笑い声が聞こえたように思えた。
最初は気のせいだと思ったが、その声は次第に大きくなってきた。
恐れを抱きつつも、美和はその声に導かれ、家の奥へと進んでいった。

家の隅々に潜む陰たちが、彼女の心の奥にある喪失感を増幅させているようだった。
大きな鏡の前に立つと、そこに映る自分の姿は、まるで半透明の影絵のように見えた。
鏡の中の美和は、悲しみに沈み込んでいるように見えた。
さらに声は、彼女に優斗の元へ行くように促していた。
美和は迷うことなく、優斗の部屋から出ていった。

その先にあったのは、家に伝わる謎めいた階段だった。
階段は見た目には何の変哲もなかったが、そこに足を一歩踏み出すたびに、彼女の心の奥に潜む喪失感が次第に強まっていくのを感じた。
途中で彼女は立ち止まり、振り返ってはみた。
階段の上には人影が見えた気がしたが、恐怖に心を支配された彼女はそのまま進むことにした。

薄暗い階段を登り続け、終わりが見えない中で、やがて小さな扉に辿り着いた。
少し不安に駆られながらも、はたしてそこに何が待っているのかと思い、扉を開けてみると、目の前には見知らぬ部屋が広がっていた。

その部屋には、懐かしい光景が広がっていた。
優斗の笑い声が響き渡り、彼が楽しそうに遊んでいる姿が見えた。
しかし、それは現実とは何か違っていた。
まるでその場に優斗の魂が宿っているかのようだった。
彼はこちらに気づくと、笑顔で手を振り、その瞬間、美和の心の中にあった絶望感が一瞬で消え去った。

急に暗闇がすべてを包み込んだかのように、また彼女は階段を引き返さざるを得なかった。
そこで初めて、自分がどれほど優斗を求めていたか、自分が多くのものを抱え込んでいたかに気づいた。
重たくなった心をもって、家の中に戻ることを決意した。

美和は優斗の部屋に戻り、彼の思い出に別れを告げることにした。
優斗の部屋を整理することで、少しずつでも彼を解放できるのではないかと思った。
何気ない日常に戻るためには、喪失を受け入れることから始めないといけない。
無邪気な笑顔を抱いていたあの日の自分に、自分自身を戻さなければならないのだ。

悲しみが少しずつ和らぎ、美和は優斗の思い出と共に歩き始める決意を固めた。
その夜、家が新たな静けさとともに在ることを感じていた。
優斗が彼女の心の中で生き続ける限り、彼女は前に進んでいけるだろう。
残された者は、愛の中で落ち着きを見いだすことができるはずだと、静かに願い続けた。

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