暗い夜、月明かりも届かない深い森の奥に、小さな神社が佇んでいた。
その神社は、長い間誰も訪れることのない場所として、地元の人々に忘れ去られていた。
人々はあそこには近づかない方が良い、何か恐ろしいことが起こるかもしれないという噂が広がっていたからだ。
その神社の裏手には、かつての住人たちが祀られていると言われる小さな祠が存在していた。
ある夜、佐藤健一という若い男性は、友人たちからの好奇心と挑戦心に駆られて、その神社を訪れることに決めた。
彼は肝試しとして、仲間と一緒に肆やかな笑い声を上げながら森を進んだ。
彼らは、霊的な存在を恐れていないつもりだった。
しかし、彼の心の奥底では、不安の影が潜んでいた。
神社に到着すると、周囲の静けさに不気味さを感じた。
その夜は風すら止んでいるようで、まるで時間が止まったかのようだった。
健一は「大丈夫だ、何も怖くないから」と仲間を励まし、まずは神社の中を調べようと提案した。
次第に、彼らは神社の内部に足を踏み入れた。
薄暗い境内には、崩れかけた祭壇があった。
そこには、時折目にするような古い神具が散乱し、草木が生い茂っていた。
健一は、その周りを興味津々に観察していたが、感じるものがあった。
何か冷たい視線が彼を見つめているようだった。
「おい、あれ見てみろよ！」仲間の一人が叫んだ。
振り向いてみると、その仲間が指差していたのは、祠の奥に僅かに光るものだった。
健一は興味を抱き、友人たちと一緒にその方向へ歩み寄った。
その光は、まるでこの世に存在しないもののような、異次元の反射を感じさせたのだ。
彼らが祠の近くに達すると、耳元に囁く声が聞こえてきた。
「私のことを忘れないで…」その言葉は、まるで誰かの魂が訴えているようだった。
突然、全てが静まり返り、健一の背筋に冷たいものが走った。
彼の周りをぐるりと包むように、暗闇から浮かび上がるような幻影が現れた。
それは、かつてその神社に住んでいた人々の姿だった。
彼らの目はどこか虚ろで、助けを求めるように見えた。
「私たちを還して…」と再び声が響いた。
その瞬間、健一は恐怖と共に、自分の周囲が徐々に崩れ崩れそうになる感覚を覚えた。
仲間たちは恐れおののき、次々と逃げ出したが、健一の足はなぜか進まなかった。
「別れを告げるんだ」と心の奥で誰かが囁いていた。
彼はその瞬間、魂がこの神社の中で永遠に遊んでいるかのように感じた。
過去に出会った人々の思い、もう帰れなくなった亡者たちの声が交錯し、彼自身も彼らの一員になりそうな感覚が抑えきれなかった。
「おい、健一、こっちだ！」仲間の叫び声が遠くに響き、彼は我に返った。
ようやく動き出した健一は、急いで神社を離れ、仲間の元へ駆け寄った。
彼らは無事に森を抜け出したが、心の奥には一つの疑問が残っていた。
「本当に彼らは何を求めていたのか？」神社から逃げてきたにもかかわらず、その場での出来事が夢か現実かわからず混乱していた。
数ヶ月後、健一はその晩のことを思い出すことはあまりなかったが、時折、眠れない夜に思い出しては不思議な感覚に悩まされた。
いまだに、彼の周りにはあの神社の存在が重く残り、彼はそれ以来、近づくことはなかった。
しかし、何度も繰り返し聞いた人々の声が、彼の心の中でかすかに響き続けていた。
「私のことを忘れないで…」。
