ある地方都市の古びた町に、看護師の梨花がいた。
彼女は日々、病院で働きながら患者の命を救うことに尽力していた。
しかし、最近、彼女の中で何かが変わり始めていた。
夜勤での過酷な勤務が続き、彼女は次第に精神的に疲弊していった。
その影響で、病院には不穏な雰囲気が漂い始めた。
梨花が働く病院の一角には、かつて廃止された病室が存在していた。
そこは昔、重篤な患者が集まり、看護や治療を受けるための場所であった。
だが、そこには多くの命が失われたという噂があった。
人々の間で「呪われた病室」と呼ばれるその場所は、誰も近づこうとしなかった。
その病室の噂を耳に入れながらも、梨花は日々の仕事に忙殺され、気に留めることはなかった。
ある日、梨花は夜勤の合間に休憩室で目を閉じ、少しの間仮眠をとることに決めた。
疲れた身体を休めるために目を閉じた瞬間、誰かの低い声が耳元で囁いた。
「来てほしい…」と。
その声は、彼女が忘れ去っていた「呪われた病室」から聞こえてくるようだった。
目を開けた梨花は、強い好奇心に駆られ、その病室へと足を運ぶことにした。
廊下は静まり返り、時折響く足音だけが彼女の心拍を早くさせた。
病室の扉に手をかけると、重たい木製の扉は抵抗を示すようにギーッと音を立てて開いた。
薄暗い病室には、忘れられた医療器具や古びたベッドが放置されていた。
梨花はその部屋に足を踏み入れると、冷たい空気が彼女の周囲を包み込み、まるで他者に見られているかのような気配を感じた。
ベッドの上には、ぼんやりと映る影があった。
彼女はその影に近づくと、そこには無表情な女性の姿があった。
彼女は静かに梨花を見つめ、何かを求めているかのようだった。
「私の命を返してほしい…」その女性の声が、梨花に響いた。
驚いた梨花は後退ったが、彼女の目はその女性から離れなかった。
その瞬間、過去の記憶が蘇ってきた。
かつてこの病室で治療を受けていた重篤な患者たちの姿が、梨花の目の前に浮かび上がってきた。
そして、その命を救えなかった苦しみが、胸に重くのしかかる。
梨花は理解した。
彼女がこの病室にいることで、他者の命を無意識に奪っているのだ。
「時」の感覚が歪んでいるように感じ、彼女は何が起きたのかをつかめないままでいた。
しかし、その女性の存在が、以前ここで命を落とした患者たちの魂であることに気づいた。
「私たちを忘れないで…」女性の言葉が、梨花の心に刺さった。
看護師としての役目を果たせなかった罪の深さに、梨花は涙を流した。
彼女は命の尊さを再認識し、これからは真摯に患者に向き合うことを誓った。
その後、梨花は病室を後にしたが、彼女の心の中にはその女性の姿が消えることはなかった。
病院に戻ると、どこか変わった気持ちで働き始めた。
患者の命を救うことの重みを理解し、その痛みを分かち合おうと決心したからである。
梨花はこれからも、命を預かる者として、その思いを忘れずに働いていくことを選んだ。
ただ、時折耳元で響く「あの声」が、彼女の心に、その女性たちの思いを響かせ続けるのだった。
彼女はその影を感じながら、看護師としての使命を全うすることを決意し、毎日を生き抜いていくのであった。
この時彼女が感じた「命の重さ」が、自身の仕事をさらに意味あるものとして変えていくことを信じて。