「忘れられた田の少女」

村のはずれにある田んぼ。
その田は、かつては豊かで、稲穂が揺れ、村人たちの生活を支えていた。
しかし、近年は天候不順や人々の都心移住によって、誰も手を入れない荒れた土地となっていた。
かつての賑わいを知るものはほとんどいなくなり、ただ静寂が広がるだけだった。

ある夏の終わり、少年の名は健太。
彼は村で唯一の小学五年生で、友達も少なかった。
そのため、健太はいつも田の近くに遊びに行き、独りで虫捕りをしたり、草むらの中で隠れんぼをしたりして日々を過ごしていた。
そんなある日、健太は田んぼの真ん中で一人の少女に出会った。

少女の名は美咲。
彼女はどこから来たのか、田んぼの中で一緒に遊んでいた。
美咲の笑顔は明るく、元気いっぱいの子供だった。
健太は嬉しくてたまらなかった。
「君、どこから来たの?」と尋ねると、美咲は薄く微笑んで、「私はここに住んでいるの。田んぼは私の家なんだ」と答えた。

健太はふと考えた。
この田んぼに住む人はかつていたかもしれないが、今は誰もいない。
彼は少し戸惑ったが、美咲と過ごす楽しい時間に、そんなことは忘れてしまった。
彼らは田んぼで遊び、時にはお花を摘み、時には川へ行って魚を捕まえたりして現実離れした時間を過ごした。

しかし、ある日、健太の心に不安が芽生え始めた。
美咲があることについて問いかけてくるのだ。
「健太、あなたは本当にここが大好き?」その言葉が何度も繰り返されると、彼は次第にそれを否応なく考えなければならなくなった。

「うん、好きだよ。だけど、あんまり来る人はいないみたい。どうして美咲はここにいるの?」と健太が問い返すと、美咲は一瞬黙り込み、思い悩んでいるように見えた。

「私は、私のことを忘れてしまった人たちに呼ばれているの。もう一度、みんなに真実を知ってほしい。だから、あなたには特別なことを必要とするの」と彼女は静かに語り始めた。

不安を感じつつも、健太は彼女の話に耳を傾けた。
美咲は、自分の姿が誰かによって姿を消され、田の記憶としてしか残らないことを告げた。
彼女は元々、この田で生活していた少女で、村人たちに忘れられてしまった存在だったのだ。
彼女の望みは、もう一度、田を訪れた人々に自分の存在を知らしめること。
だからこそ、彼は彼女の思いを理解し、手伝ってほしいと懇願された。

健太は内心戸惑いながらも、彼女の友達でありたいと思った。
「どうすればいいの?」尋ねると、美咲は微笑みながら指を示した。
その先には一つの古い石碑が見えた。
美咲はそれを触れるように促した。

「これが私の真実を語る場所なの。あなたがここで言葉を紡げば、私のことを忘れている村人たちが天に届く。そうすれば、私は解放されるかもしれない」と彼女は告げた。

健太は石碑に向かい、自分の声を響かせた。
「僕は美咲を知っています!彼女は田んぼに住む本当の友達です!」その声が田んぼの広がりを越え、村の土地全体に響き渡ると、突如として空が暗くなり、雷鳴が轟いた。
健太は驚き逃げたが、ふと振り返ると、美咲が涙を流して微笑んでいた。

「ありがとう、健太。私のことを知ってくれる人がいたことが嬉しい。この声が大地に届けば、私はやっと天に還れる」と彼女は言った。

それから何日か経った後、健太は美咲のことを思い出すことができた。
しかし、彼女の姿をもう見ることはなかった。
田んぼは彼の日常の一部となり、前よりも輝くように見えた。
健太は心の底から美咲を忘れないと誓った。
そして、彼の声が天へ届き、彼女の真実が村に浸透する日は来るだろう。

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