夜の静けさが支配する小さな村には、古くから伝わる言い伝えがあった。
村の中心には、ひっそりと佇む古びた神社があり、その周囲には長い間火の灯りがともることはなかった。
しかし、ある年の秋、村で火事が起き、その火が神社に向かって燃え広がるという事件が起こった。
村人たちは火を消そうと必死になったが、その時不思議なことが起こった。
神社を囲むように立つ木々の間から、ふと現れた一人の若い女性の姿。
彼女は白い着物を身にまとい、ただ立ち尽くしていた。
その様子はまるで、火事に驚いた霊のようだった。
村人たちは彼女を見た瞬間、恐怖と不安に襲われた。
その女性の目には、何か異様な光が宿っていたからだ。
「罪を背負った者よ、何を求める?」
彼女の声が、火の音をかき消して響いた。
その言葉に誰もが耳を傾けたが、誰も答えることはできなかった。
彼女はそのまま、呪術めいた言葉を続けた。
「私を忘れないで…火の中で待っているから…」
その瞬間、風が吹き荒れ、炎が一瞬にして神社に吸い込まれていくように見えた。
村人たちは驚愕し、後退りした。
しかし、火は神社の内部を照らし出し、まるでその霊が呼び起こしたかのように神秘的な光景が広がった。
その後、村では奇妙な現象が続いた。
毎晩、火の光が神社の周囲を取り囲むようにともり、誰もが近づけなくなった。
村人たちは恐れをなして、神社の存在を忘れようと努めた。
しかし、忘却の影に潜む恐怖は、逆に彼らを包み込むことになった。
なぜなら、彼女の言葉がいつも耳の奥に響いていたからだ。
「私を忘れないで…」
やがて、時が経つにつれて村は衰退し、人々の記憶から神社の存在が薄れていった。
しかし、毎晩ともる火の光は、その記憶を掘り起こし続ける。
しかし火の周囲には、どこか吸い込まれたような闇が広がり、誰かがそこに立っているような気配がした。
ある晩、好奇心に駆られた一人の村人が、恐る恐る神社へと足を運んだ。
その村人は霊の姿を確かめたくてたまらなかった。
近づくにつれて、目の前の炎が静かに揺らめき、彼女の姿が浮かび上がった。
やはり彼女は立っていた。
「何故、来たの?」彼女は冷たい声で尋ねた。
その瞬間、村人は心臓が凍りつくほどの恐怖を感じた。
「私は…ただ、あなたを忘れたくないと思って…」
彼の言葉の後、女性は目を細め、微笑みを浮かべた。
「あなたも、火の中に飲み込まれたいの?」その瞳はまるで闇を飲み込むようで、一瞬にして彼の心を捉えた。
彼は急に恐怖に駆られ、後ろに下がろうとしたが、足が動かなかった。
彼女の手が伸び、彼の腕を掴んだ瞬間、火が激しく燃え上がり、彼はその渦中に引き込まれていった。
それ以来、村人たちは彼のことを忘れ、神社が火を灯す場所として知られるようになった。
霊の求めは終わることなく、新たな者たちを引き寄せ、彼女の言葉は今も夜の村にこだまする。
「私を忘れないで…火の中で待っているから…」
そうして、夕暮れが近づく度に人々の背筋はぞくりと寒くなり、怪談として語り継がれることになった。
村は静まり返り、今も火の光が夜空に映える。
夜が深まるにつれて、彼女の変わらぬ思いが一人また一人と人々を吸い寄せるのだった。