秋の深まりとともに、静まり返った学校の校舎。
多くの生徒が帰宅し、明かりの消えた教室には只々静寂が支配していた。
その中、ひとりの女子生徒、佐藤美咲は教室に残っていた。
進路のことで悩み苦しんでいた彼女は、誰にも相談できず、結局最後までひとりで考え続けていた。
そんなある日のこと、美咲は教室の窓から外を眺めていた。
夕暮れの光が校庭をオレンジ色に染め、その景色はどこか幻想的だった。
しかし、その美しい風景の中に、美咲の心の奥で鳴るざわめきを静めることはできなかった。
彼女は「まさか私には進むべき道がないのだろうか」と、無力感に押しつぶされそうになっていた。
時間が経つにつれて、周囲はどんどん暗くなり、静まり返っていった。
美咲がふと教室の後ろを振り向くと、そこに一つの影があった。
それはまるで人の形をした黒い塊のようで、視線を感じた美咲は思わず目をそらした。
しかし、その影は消えることなく、彼女の存在を無視できないほど迫ってきた。
「助けて…」という声が、かすかに耳に入った。
美咲は驚いて立ち上がった。
声の主は誰なのか、どこから聞こえてくるのか分からなかったが、不安な気持ちが彼女を包み込んだ。
その瞬間、黒い影が彼女に近づき、彼女の頬に冷たい何かが触れた。
美咲の目の前に現れたのは、涙を流す少女の姿だった。
少女は美咲を見つめており、その目には無言の哀しみが浮かんでいた。
彼女の声は再び美咲の耳に響いた。
「まさか、私のことを忘れてしまったの…?」
それは、数年前に美咲が通っていた学校で、同じクラスにいた友人、加藤理奈の姿だった。
理奈は校内で自ら命を絶ったという噂が流れており、美咲は彼女のことを非常に心配していたのだ。
しかし、学校を卒業する頃にはその悲劇を忘れてしまっていたのだ。
美咲は動けなくなり、ただその場で立ち尽くしていた。
理奈は涙を流しながら、美咲に向かって手を差し伸べた。
「いいえ、あなたは私を今でも思い出してくれるはず…。私がどれほど苦しんでいたのか、知ってほしかったのに。」
美咲は理奈の話に耳を傾けることができなかった。
彼女の心の中には罪悪感が渦巻いていた。
理奈のことを思い出さないようにしていた自分を恥じる気持ちが押し寄せ、逃げ出したい衝動が込み上げてきた。
「私の涙を見て、どうか理解してほしい…。」理奈の声が、校舎の中に響き渡る。
美咲はその言葉を聞いて、心の奥で何かが崩れ落ちる音がした。
彼女は理奈が残していった思いを、これまでの自分に重ねてしまった。
夕暮れも深まり、教室は沈黙に包まれていた。
美咲は涙を流し始めた。
その涙は、理奈への後悔であり、同時に彼女の存在を忘れていたことへの悲しみでもあった。
理奈の存在を心のどこかで否定していた自分を許すことはできなかった。
その瞬間、理奈は静かに微笑んでみせた。
彼女の涙は美咲の涙となり、教室の床に溜まり始めた。
教室が徐々に濡れていく様子を見ながら、美咲は理奈に向かって「ごめんなさい」と呟いた。
その言葉は、彼女の心の底から湧き上がった感情だった。
美咲はその後、学校を去り、理奈のことを思い出し続けることを決意した。
彼女の無念を、忘れないために。
校舎が静まり返った後も、理奈の涙と声は、教室の隅に残り続けた。
そして、時折、彼女の涙は美咲の心に問いかけるのだった。