彼女の名は陽菜。
小さな村に住む高校生だ。
陽菜はいつも友人たちと一緒に過ごし、楽しい日々を送っていた。
しかし、彼女には一つの秘密があった。
それは、夜になると自分の部屋から遠く離れた場所に、見知らぬ人たちの声が聞こえてくることだった。
「陽菜、聞こえる?」と友人の美咲が言った。
「何も聞こえないよ。」陽菜は微笑みながら返したが、心の内ではただ一人でその声に耳を傾けていた。
「またあの声だ」と。
陽菜はある晩、その声が特に鮮明に聞こえることに気づいた。
どうやらそれは、村の外れ、ル径と呼ばれる道から発せられているようだった。
彼女はおそるおそる、その声を追ってみることに決めた。
夕方、静かな時間が流れると、陽菜はこっそりと家を抜け出し、ル径へと足を運んだ。
その道を進むにつれて、声が次第に近づいてくる。
「陽菜、陽菜、誰かが待っているよ」と彼女の名を呼ぶ声。
それは親しい友人たちの声とは明らかに異なっていた。
「誰、なの?」陽菜は思わず声をあげた。
しかし答えは返ってこなかった。
心の中の恐怖が募る。
次第に薄暗くなっていく道の先に、ほのかに光を発する小さな影が見えた。
陽菜はその光に惹かれるように近づいていった。
影は赤いフードを被った少女だった。
顔は見えないが、彼女が手を差し伸べているのがわかった。
「陽菜、私のところにおいで」と優しい声で呼びかける。
「あなたは、誰なの?」陽菜は恐れながら訊ねる。
「私は、この村を守っている者。みんなが私を忘れてしまっていることが悲しいの」と少女は言った。
陽菜の心に不思議な感情が芽生えた。
彼女はこの少女の存在を感じ取り、どこか引き寄せられるような感覚を抱いた。
「何か、手伝えることがあったら言って」と陽菜は言った。
すると、少女は一瞬驚いたように目を大きく見開いた。
しかしすぐに微笑み、「そうだ、誰かが私を思い出してくれるとうれしい」と静かに言った。
その時、陽菜の頭の中に村の過去が映し出された。
かつてこの村には、少女のような者たちが住んでいたこと。
しかし、みんなは遠くへ行き、彼女一人が残され、やがて誰からも忘れられてしまったのだ。
「私を思い出してくれる?」少女は再び手を差し出した。
その手に触れると、何かが陽菜の心に流れ込み、彼女は過去の記憶を得た。
村の人々の笑顔、彼女が愛したものたちが浮かんできた。
それは希望のようだったが、同時に猫のように爪を立て遠くから彼女を呼ぶ痛みでもあった。
「私が思い出しても、なぜあなたはここにいるの?どうして、戻らないの?」陽菜は聞いた。
「私に戻る力はもうない。この道を行き、忘れ去られる運命なの」と少女は言った。
その言葉に胸が痛む。
彼女の存在を守りたいという思いが芽生え、陽菜は決心した。
「あなたを忘れないよ。私が、この村のことを伝え続けるから」
少女は穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、陽菜。あなたがいる限り、私は生き続けることができるから」彼女の笑顔は、どこか強い光を持っていた。
陽菜はそのまま少女と一緒に、村の記憶を語り続けることにした。
時折、彼女はル径の先にいる人々のために切々と語り、遠くからの声がいつも心の中に響くようになった。
それは今も続いている。
陽菜の思い出す限り、彼女は少女を忘れない。
それが村を守る唯一の希望だから。