「忘れられた時間の影」

山の中にある小道を歩いていたのは、大学生の佐々木とその友人の山田だった。
二人はアウトドアが好きで、夏のある日、山登りをしながら心身のリフレッシュを図ろうと計画した。
しかし、山へ向かう途中、ふとしたことから彼らは道に迷い始めてしまった。

「おい、こんな場所、見たことないぞ。」山田が不安げに言った。
周囲を見回すと、木々は鬱蒼と茂り、同じような風景が続いていた。
佐々木は地図を取り出そうとしたが、スマートフォンの電波も届かず、なかなか確認できなかった。

「少し戻ってみようか。」佐々木が提案すると、山田は首を振った。
「いや、先に進もう。何か見つかるかもしれない。」

二人は、気まぐれに山道を進むことにした。
しばらく歩いていると、ふと不気味な静けさが二人を包み込む。
風の音すら消え、鳥のさえずりもどこかへ消えてしまった。
すると、突然、佐々木の目の前に一枚の古びた写真が落ちていた。
驚いて拾い上げると、そこには見知らぬ男性の姿があった。
彼は、奇妙な笑みを浮かべていた。

「これ、どうする?捨てとく?」山田が尋ねると、佐々木は無言で写真をポケットに入れた。
「一応、持って帰って調べてみよう。」その瞬間、山田は何かを感じたのか立ち止まった。

「ねえ、何か、背後に気配を感じない?」

振り返ってみると、ただの木々が立ち並んでいるだけだったが、不安な気持ちが二人の心に忍び寄った。
あまり気を持たせないように、佐々木は急ぎ歩き出した。

しばらく進むと、再び日が陰り始めた。
あたりは薄暗く、二人の影が長く伸びて、まるで過去の自分たちを引きずっているように感じられた。
山田は不安を募らせ、心の中で何かが覚醒する感覚を持っていた。

「やっぱり、戻ろう。さっきの道を探してみよう。」山田が言った時、佐々木は不意に立ち止まった。
「待て、何か…聞こえないか?」

風がまだ静止している中、遠くからかすかな声が響いてきた。
一瞬、二人は途方に暮れた。
しかし、それは確かに「助けて…」という声だった。
急いでその声の方へ歩き寄ると、山の奥深くで朧げに人影が見えた。

「あなた、誰…?」山田が声をかけると、その影は振り向いた。
甘美な雰囲気を漂わせる女性の顔が見えた。
しかし、彼女の目はどこか空虚で、まるで時間を失ったかのような眩しさを放っていた。

「時間を…忘れないで。」その瞬間、佐々木と山田の脳裏に、かつての思い出がフラッシュバックする。
懐かしい風景、笑い声、さまざまな時間が一瞬で甦り、彼らはその瞬間、過去の記憶に縛られてしまった。

「助けてくれ、私を忘れないで。」女性の声が再び聞こえ、その瞬間、彼女は悲しげに微笑んだ。
佐々木は恐怖を感じつつも、その純粋さに心を惹かれてしまった。
山田はそれを引き戻すようにささやいた。
「帰ろう、俺たちがいるべき場所があるんだ。」

その一言が、二人を現実に引き戻すきっかけとなった。
急に視界が鮮明になり、周囲の景色が明るく感じられた。
女性はただの幻影であったのか、彼女の姿は消えていった。
それでも、彼らの心に彼女の言葉が残り続けた。

帰り道、道に迷ったことは忘れられなかったが、彼らは確かに一つの経験を得た。
時間について、過去について、そして思い出の大切さについて考えさせられる出来事だった。
二人は、もう二度と同じ山の道を歩くことはないだろうが、その思い出は永遠に彼らの心に留まることになった。

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