静かな山間の中に佇む古びた館。
そこには、人々が忘れ去った過去の記憶が潜んでいた。
館の主人、地元で有名な歴史学者の佐藤俊介は、アンティークの家具や本に囲まれ、昼夜を問わず研究に没頭する日々を送っていた。
しかし、彼を取り巻くこの館には、よく知られた歴史以上の秘められた何かがあった。
ある日、俊介は館の地下室で古い日記を見つける。
それは、この館に住んでいた以前の住人のもので、信じがたい内容が綴られていた。
彼はその日記の中で、ある「現象」が語られていることに興味を惹かれた。
それは、館の特定の場所で「憶」が目覚めるというもので、住人はそれを通して過去の出来事や記憶を視覚化し、自らの過去と向き合うことができるという奇妙な現象だった。
俊介は、その現象を確かめるべく、館の中を探索することに決めた。
彼は自らの歴史の解明と、記憶の真実を知るために、冷たい空気の中を進んだ。
地下室に向かう道の選択によって、彼の意識は次第に不安に重く押しつぶされてゆく。
一歩一歩、暗闇の中へ進むうちに、彼の心は緊張感と好奇心で高鳴った。
地下室にたどり着くと、そこには不気味な静けさが漂っていた。
石造りの壁に囲まれた空間、しんとした空気、そして薄暗い空間には、何かの気配が潜んでいるかのようだった。
俊介は日記に書かれていた場所、ちょうど中央に位置する石のテーブルの前に立った。
彼がそのテーブルの上に手を置くと、しばらくの間静寂が続いた。
しかしやがて、脳裏に浮かび上がってきたのは、過去の情景だった。
彼の目の前に映し出されたのは、以前の住人たちが歓談している姿、楽しげな笑い声が響く中、一人の少女が泣いている光景だった。
彼女の目には明らかな悲しみが宿っていた。
驚愕と混乱を抱えつつも、俊介はその少女の名を知っていた。
彼女はこの館の一世代前に住んでいた「美咲」であり、家族や友達に捨てられ、孤独に生きた末に姿を消したという噂を耳にしていた。
しかし、次々と現れる視覚はさらに彼を引き込んでいく。
その悲しい記憶は、まるで時間を超えて彼に語りかけるようだった。
俊介は、その光景の中で、美咲が一人で古いピアノを弾いている姿を目にする。
彼女の指先が鍵盤を滑るたびに、深い憶が広がり、彼女の心の叫びが舞い上がる。
彼はその旋律を感じ取った。
悲しみ、孤独、そして失われたものへの強い思い。
それは俊介の心に深く響いた。
美咲の姿がだんだんと消えかける中、彼女は最後に俊介を見つめ、静かに言った。
「私を忘れないで…」その声は、彼の心に突き刺さるようだった。
気づくと、俊介は地下室のテーブルから手を引き離していた。
その瞬間、真っ暗な空間に戻ったことで、彼は恐怖に襲われ、急いで館の外へ逃げ出した。
外の空気はひんやりとしていたが、彼は深呼吸をし、自らの心を落ち着けることに努めた。
しかし、その出来事は彼の中に消えない印象を残した。
彼は美咲の思いを知り、彼女の記憶を背負わなければならないと直感的に感じた。
館に宿る「憶」を知ったことで、彼は歴史学者としての自らの使命を果たすために、美咲の物語を語り継ぐ旅に出ることを決意した。
彼の新しい人生が始まった瞬間でもあった。
この館は単なる古い建物ではなく、過去と現在を結ぶ架け橋であることを、俊介は深く理解したのだった。