清は、都会の喧騒から離れた静かな庭に、幼い頃からの大切な思い出が宿っている。
彼の祖父が手入れをしていたその庭は、色とりどりの花々や樹木に囲まれ、特に一際目を引くのが、長い年月を経た大きな木だった。
周囲の空間を支配するかのようにそびえ立ち、その幹は無数の年輪を刻んでいる。
清はその木を、「ル」と名付け、心の拠り所としていた。
ある日、清は家に帰ると、何やら異様な雰囲気を感じた。
外はいつも通りの晴れた日なのに、家の中は薄暗く、どこか重たい空気が漂っていた。
ふと窓の外を見ると、ルの姿が見え、さざ波のように揺らめいているように見えた。
その瞬間、幼い頃の記憶が鮮やかに甦った。
母と一緒に庭で遊んでいた日々、ルの木の下で語り合った温かい思い出。
次第に、清の心の中に不安が広がっていった。
彼が大学生活に忙殺され、祖父のいる家を訪れる機会が減ったせいだろうか。
しばらく会っていない祖父の顔が、ふと思い出される。
清は、懐かしい気持ちに浸りつつも、ルの木にどこか不吉な気配を感じた。
ある晩、月明かりが差し込む中、清は窓際に座ってルを眺めていた。
すると、ふいに窓がギシリと音を立てて開く。
清は驚いて振り返ると、窓の外には薄明かりに照らされたルが立っていた。
しかし、いつもの温もりはなく、冷たい影のような姿をしていた。
その瞬間、清は心がざわめくのを感じた。
「清、お前は忘れてしまったのか?」
その声は風に乗って、清の耳元にささやかれた。
まるでルの木が、自らの存在を訴えているかのようだった。
清は息を飲み、恐怖に駆られた。
彼は幼い頃からずっとルに語りかけてきたが、あの時の純粋な情は、いつしか忘れ去られてしまっていた。
心にある優しさや思いやりを、いつの間にか置き去りにしていたのだ。
清は思わず、木の方へ叫んだ。
「ル、俺はお前を忘れてなんかいない!ただ、忙しくて…。」
しかし、ルの木はただ静かに彼を見守るだけだった。
清は傷ついた心でその場を離れ、夢のような出来事を忘れようとしたが、焦りが募るばかりだった。
翌日、清は意を決して再びルを訪れた。
早朝の静けさの中、彼はいつものように庭に立ち、ルの木に触れた。
忘れかけていた温もりが指先に伝わってくる。
「ル、何があったんだ。教えてくれ。」
すると、突然ルが大きく揺れ、木の根元から湿った土がもろく崩れ落ちた。
清はひやりとした感覚に襲われ、視線を下に向ける。
そこには何かが埋まっている。
それは、昔、清が幼い時に埋めた小さな思い出の詰まった箱だった。
ルの木は、彼に忘れた情を思い出させるために、その箱を浮かび上がらせていたのだ。
清は涙をこらえて、幼い自分を思い出していた。
箱の中には、友情の証や夢が詰まっている。
それらは、彼が果たせなかった約束や、自分自身の成長を阻むものだった。
「ごめん、ル。俺のこと、もっと思い出させてくれ。これからは、しっかりお前のそばに居るから。」
その瞬間、ルの木の葉が軽やかに舞い上がり、まるで彼の言葉を受け入れているかのようだった。
清は再び窓の外へ目を向けると、そこには光輝くルが立っていて、彼の心に情が戻ってきた。
ルの温もりが彼を包み込み、二人の絆は永遠に続いていくことを確信した。