ある春の日、大学のキャンパス内にある古びた「学舎」に、ひとりの男子学生がいた。
名前は佐藤。
彼は、友人たちと一緒に噂を耳にしたことがあった。
この学舎には、「念」が宿り、過去の学生たちの記憶や思念が、今もなお漂っているというのだ。
好奇心を抱いた佐藤は、夜のキャンパスにひとり忍び込むことにした。
夜、静まり返ったキャンパスの中、学舎の前に立つと、心臓がドキドキするのを感じた。
彼の友人たちは怖がっていたが、佐藤は興味を優先した。
彼は扉を押し開け、薄暗い廊下に足を踏み入れた。
古びた木の床が軋み、どこか不吉な雰囲気が漂っている。
彼はスマートフォンのライトを頼りに、中へと進んで行った。
最初に目に入ったのは、壁に掲げられた歴代の卒業生の写真だった。
長年の時を経ても、彼らの表情は生き生きとしていた。
その中で、一人だけ異様に澱んだ目を持つ学生がいた。
彼の名前は梅田。
佐藤はその視線に引き寄せられ、思わず近づいてしまった。
梅田の目を見つめると、妙に引き込まれる感覚がした。
まるで、彼が自分に何かを伝えようとしているような…。
その瞬間、佐藤の心に何かが侵入してきた。
彼は急に重い気分になり、呼吸が苦しくなった。
思念が彼の中に流れ込み、梅田が過去に抱いていた苦悩や恐怖が、そのまま伝わってきたかのようだった。
佐藤は、自分がこの場所に留まっていることの意味を疑い始めた。
「何故、梅田の念がこんなにも強いのか?」思考が混乱する中、彼はノートに梅田のことを記録しようとした。
そこへ、突然、背後から冷たい風が吹き抜け、彼の腕に何かが触れた。
彼は振り返っても誰もいない。
しかし、彼の心の奥には、梅田の哀しみや後悔が渦巻いていた。
その夜、佐藤は夢の中で梅田に出会った。
彼は、昏い道をたどり、梅田の姿を見つけた。
梅田は泣いていた。
「私はここにいる。私の思念が、進むことを妨げている。救ってほしい。」その声は、まるで耳元で直接囁かれているようだった。
佐藤は、梅田の思いを晴らすために何ができるのかを考えた。
彼は、自分ができることは、梅田の存在を記憶に留めることだけだと思った。
翌日、彼は図書館で梅田に関する資料を集め、その生涯を報告書にまとめることにした。
しかし、報告書を書き進めるうちに、彼は梅田の存在を思い出すたびに、自らの胸が苦しくなることに気付いた。
梅田の念が、自分に影響を与え始めているのだ。
学舎での出来事が、徐々に彼の日常に影を落としていった。
夢の中でも、梅田は彼を呼び続けた。
彼の存在が、佐藤を留めておく力になっていた。
一方、佐藤は次第に周囲との関係が薄れていくのを感じていた。
友人たちが心配して声をかけても、彼は無理に笑顔を作り続けていたが、心の奥では梅田の念に捕らわれている自分がいた。
そして、佐藤は決断した。
梅田を解放するため、学舎の前で彼の名前を呼び続けることにした。
ただの念でありながら、まるで梅田がそこにいるかのように。
彼の思いが届くまで、佐藤は学舎は決して離れないと誓った。
夜が深まるにつれ、彼は梅田の思念に寄り添うように過ごし、その苦しみをともに抱え込むことになった。
それからの夜、学舎の一角には、佐藤の姿がいつも見えた。
彼は梅田のために、決して過去を忘れないために、無限の「念」とともに、学舎の奥深くで時を刻み続けていた。