「忘れられた思い出の霧」

ある静かな夜、東京から少し離れた村に住む山田という青年は、祖母から伝えられた神社を訪れることにした。
最近、何か不気味な出来事が続いているという村人たちの噂を耳にしていたからだ。
山田の幼少期、母と一緒に訪れたこの神社は、彼にとって特別な思い出の場所だった。

神社へ向かう途中、月明かりの中、周囲が静まり返っているのに気づく。
村はいつも賑やかだったが、今日はまるで何かが待ち構えているかのように不穏だった。
山田は心の中に不安を抱きつつ、神社の鳥居をくぐった。
そこは昔と変わらぬ静けさを保っていたが、彼の心にはざわめきが広がった。

神社の境内には、かつて見たことのある大きな桜の木があった。
まだ冬の初めだったが、その木の根元には何か異様な雰囲気が漂っていた。
山田は祖母に聞いた、木の下には「忘れられた思い出」が埋まっているという言い伝えを思い出した。
気になった彼は、そっと土を掘り返し始めた。
瞬間、冷たい空気が流れ込み、体が震える感覚がした。

土の中から出てきたのは、一つの古びた箱だった。
彼は心のどこかで、この箱が何かを知っていると思った。
しかし、すでに遅かった。
箱を開いた瞬間、黒い霧が彼を包み込み、周囲の景色が一変した。
山田は不安と恐怖に支配され、走り出した。
周りは平穏だったはずの神社が、どこか異次元のように変わっていたのだ。

霧の中、彼は呪われた村の人々の姿を見た。
彼らは無表情で、まるで何かに取り憑かれているかのように動いている。
彼の目の前を通り過ぎるとき、くっきりとした声が耳に響いた。
「忘れられた思い出を返せ…」それは村人たちの叫びであり、彼の心の中に響き渡る。

その時、彼は過去の出来事を思い出した。
言い争いが絶えなかった幼少期の家族、家出した母、そして、亡くなった祖母。
彼はその全てを無意識に隠し続けていた。
しかし、箱の中にあるものがそれらの過去と繋がっていることを理解した。
彼はその過去の重荷から逃れられない運命にあるのだ。

周囲の景色が揺れ、急に現実が戻った。
彼は元の神社の境内に立っていた。
しかし、心の中には今も密かに響く声が残っていた。
彼は自分に向き合い、家族との過去を語ることにした。
祖母が教えてくれたように、一つ一つ、悲しかった記憶を言葉にしていく。

「ごめん、母さん。私はあなたを理解していなかった。嫌いだったわけじゃない…ただ、怖かっただけなんだ。」彼の声が響く中、すべての過去が整理され、木の下から万物が回復するような感覚を覚えた。

そして、村の人々の霊も次第に表情を取り戻し、安心した様子で彼を見つめている。
彼は自らの思いを語り尽くすことで、過去を受け入れることができた。
神社の空気が次第に和らぎ、雲が晴れたように感じた。

山田は、その神社を後にした。
彼は途中、振り返り、祖母と母に感謝を述べた。
今まで直視することができなかった思い出を受け入れたことで、彼の心は軽くなり、新たな一歩を踏み出す準備が整ったのだった。

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