彼女の名前は美咲、大学の映像学科に所属している20歳の学生だ。
美咲は、学業の合間をぬって自主制作の短編映画を撮ることに情熱を燃やしていた。
ある日、美咲は友人の健太に「おばあちゃんの家がある裏山」に行こうと提案した。
美咲の祖母は、亡くなった後にその家を手放していたが、そこには家族の思い出や、様々な物が残されているのだ。
行き先の裏山は、何年も手入れがされていない状態だった。
木々がうっそうと茂り、道は草に覆われていた。
美咲はカメラを手に、たくさんの撮影素材を集めるつもりでいた。
しかし、健太はその場所に少し不安を感じていたのか、「本当に行くの?昔、ここには変な噂があったんだ」と言った。
不安を抱えながらも、美咲は前へと進んだ。
裏山にたどり着くと、そこには朽ち果てた古い家が待っていた。
風の音に混じって、どこからか微かに、子供の笑い声が聞こえてくる。
まるで、何かが待っているかのような不気味な気配が漂った。
美咲はカメラを回しながら、友人と共にその家の中を探索することにした。
家の中は薄暗く、窓が割れたせいで光が漏れこむ様子は幻想的だった。
しかし、次第に深い沈黙が、その空間を包んでいく。
静まり返った室内に、いつの間にか子供の笑い声は消えてしまった。
美咲はそれでも、何かを求めるように家中を撮影し続け、健太もその様子を見守っていた。
次第に美咲のカメラに映る風景が、夢の中の光景のように感じられるようになった。
彼女は自分の感覚がどこかずれていくのを感じ、まるで異次元にいるかのように思えた。
健太が「美咲、もう帰ろうよ」と言うが、その声が耳に届かない。
美咲はその瞬間、まるで引き寄せられるように階段を上り、二階の部屋へと入ってしまった。
その部屋は昔、家族で使っていた子供部屋だった。
壁にはかつて描かれた落書きが残っており、そこには不思議に見える魔法のような絵が描かれている。
美咲はその絵に魅了され、カメラのレンズ越しにその世界を切り取ろうとした。
すると急に、背後から「美咲、お願い、出てきて…」というか細い声が聞こえた。
振り返ろうとしたが、体が動かない。
心臓が脈打ち、背筋に冷や汗が流れ落ちる。
その瞬間、部屋の中の壁が微かに震え、目の前に幼い女の子の姿が現れた。
彼女は無邪気そうな笑顔を浮かべていたが、その目はどこか悲しそうだった。
「戻ってきて、私たちを忘れないで」と彼女は囁いた。
美咲は、その声に抗うことができず、次第に思い出が浮かび上がってくる。
自分の幼少期、祖母の家で遊んでいた記憶が、夢のように鮮明に蘇ってきた。
だが、同時に美咲は、彼女がそこに留まることで何かが失われてしまうことを直感した。
思い出は美しいが、それは同時に彼女の未来を狭めているように感じた。
「私たちは戻れない、もう行かないで」という女の子の声が、徐々に彼女の心を占有していく。
美咲はその瞬間、自分の意識が夢と現実の間を行き来していることを知った。
不安に駆られた美咲は、意を決して女の子に向かって「私は忘れない、でも、今は戻らなきゃいけない」と叫んだ。
その瞬間、周囲の景色が急に変わり、部屋は暗闇に飲み込まれていった。
美咲は恐怖に耐えつつ、目を閉じて、自ら意識を現実へと引き戻した。
気がつくと、美咲は健太の肩に寄りかかっていた。
彼は心配そうな顔をして「美咲、大丈夫?」と尋ねる。
美咲はわずかに頷きながら、あの女の子のことを思い出し、彼女に別れを告げた。
裏山を後にしながら、美咲はもう二度とあの場所には戻らないと決めた。
しかし、その記憶は永遠に彼女の心の中に生き続けるのだった。