「忘れられた影の間」

小さな村の外れに、古びた家が一軒あった。
その家は長い間誰も住んでいないようで、周囲には雑草が生い茂り、窓は壊れ、扉は半開きで、その外見からは不気味な影が漂っていた。
村の人々は、そこに近づくことすら避けていたという。
なぜなら、かつてその家に住んでいたのは、霊だという言い伝えがあったからだ。

家の主、村田秀樹は、若い頃に突然失踪したという過去を持っていた。
その後、家にまつわる数々の怪しげな話が広まっていった。
村人たちは、秀樹が何かに取り憑かれ、今でもその家に宿っているのではないかと噂していた。
そして、彼を見た者はいないが、時折夜になると家から低い声が聞こえたり、窓の隙間から冷たい目がこちらを見ているような気配を感じるといった話が絶えなかった。

そんなある日、好奇心旺盛な17歳の少年、健一は、友人と共にその家を訪れることに決めた。
友人の光輝は少し怖がりながらも、健一の好奇心に乗せられる形でついて行くことになった。
二人は夕方、日が沈むにつれて影が濃くなる中、古びた家の前に立った。

「大丈夫だって。こんなところ、誰も入らないし、何もないよ。」健一は自信満々に言ったが、光輝の怯えた顔を見て少し楽しんでしまった。
しかし、健一もどこか心の奥に不安を抱えていた。
彼は、自分たちが何かを見つけることができるのではないかという期待と、一歩踏み出すことへの恐怖が入り混じっていた。

二人は勇気を振り絞って扉を開け、中に入った。
廊下には謎めいた静寂が広がり、空気はどこか重苦しかった。
古い家具は埃をかぶり、薄暗い部屋の中には、無数の虫たちが潜んでいた。
時間が止まったような感覚の中、彼らはさらに奥へと進んだ。

途中、健一はひとつの部屋の前で立ち止まった。
扉は少しだけ開いており、内部から低い声が聞こえるような気がした。
「光輝、ここ、入ってみない?」問いかけたが、光輝は恐怖で一歩も動けなかった。
「健一、やめようよ。こんなところ、何が待ってるか分からないぞ!」

健一は、興味が勝ってしまい、無理やり扉を開けて中に入った。
そこは暗く、窓もないため、全く光が入らない場所だった。
彼は背後に光輝がいることを確認し、懐中電灯を点けた。
懐中電灯の光がわずかに壁に反射し、古びた家具が並んでいた。

しかし、すぐに異様な異音が部屋の中から響き始めた。
健一はその音に驚き、後ろを振り向こうとした瞬間、眼前に白い影が現れた。
それは、まるで人間の形をしているが、肌は青白く、無表情で立ち尽くしていた。
健一の心臓は高鳴り、恐怖で動けなくなった。

その影は、まるで彼に向かって手を伸ばしてくる。
光輝が叫び声を上げ、二人は一斉に部屋を飛び出した。
家の外へと逃げる途中、健一は振り返り、影が追ってきている姿を見た。
彼は恐ろしさと共に、彼が何をしたのかを悔いた。

「やっぱり、あの家には何かいるんだ…」健一が震える声で呟くと、光輝はうなずいた。
「信じるよ、やっぱりこの家には…というか、あの人、村田秀樹なんじゃないか?」彼らは、失踪した秀樹の存在を思い出した。

健一と光輝は急いで村へ戻ったが、心には不安が残っていた。
その後、村の人々に話を聞いた結果、村田秀樹は自らの心の内にある「間」にとらわれてしまったという。
その存在が、彼をこの家に縛り付けているのだと。

時間が経つにつれて、二人はあの家と秀樹の影を忘れることができなかった。
ある晩、健一は夢の中で秀樹と思しき影と出会った。
彼の方には、かつての希望と絶望が混在し、彼に向かって静かに問いかけてきた。

「どうして私を解放しないのか?」それはまるで、彼の心の「間」を映し出すような問いだった。
健一は、夢の中でも俘虜のように彼に引き込まれてしまった。
そして目が覚めた時には、周囲は静まり返り、彼は心の奥で未だにその軛を感じていた。

あの家に再び近づくことはできなかった。
でも、いつか彼らがあの幽霊を解放できる日が来ると信じることが、彼らの間での決意となった。
おそらく、これは単なる噂や伝説ではなく、過去と現在、そして未来をつなぐ一つの「間」なのだ。

タイトルとURLをコピーしました