ある静かな夜、大学生の田中は、友人たちとの集まりを終え、自室に戻った。
月明かりが差し込む静かな室内は、一日の疲れを癒すにはうってつけの空間だった。
しかし、ふとした拍子に、彼の心は不安に包まれることになる。
普段なら音楽をかけてリラックスする田中だが、この日は何故か静けさを好んだ。
室内に響くのは、時計の音だけ。
そんな中、彼はあることを思い出す。
それは、彼がかつて友達と一緒に見た怪談の話だった。
そこには、「声」に関する恐怖が描かれていた。
しかし、それが田中の気持ちを重くするとは知らなかった。
時刻は深夜0時を過ぎた頃、田中は突然、耳元で「助けて」という声を聞いた。
彼は驚き、すぐに周囲を見渡したが、誰もいない。
聞き間違いかと思い、気に留めずにいたが、その声は再び聞こえた。
「助けて…助けて…」
その声はまるで彼を呼び寄せるようだった。
恐怖よりも好奇心が勝り、田中はその声が聞こえた方へと足を踏み出した。
声は確かにここにいると感じ、彼は何かに取り憑かれたかのように、声の元を探し始めた。
その声の源は、部屋の隅にあった古い束(たば)であることに気づく。
束には薄汚れた紙が束ねられ、見覚えのある文字が書かれていた。
「捨てた思い出」と題されたその束は、彼の過去の思い出を記したものだった。
友人たちと過ごした日々、懐かしい笑顔、忘れかけていた大切な瞬間が綴られていた。
恐るべきことに、声はその束から発せられていたのだ。
田中は驚愕し、目をそらそうとしたが、その瞬間、声がより一層大きく響いた。
「なぜ…忘れたの?私を…誰にも告げずに…放っておいたから…」
田中は心臓が高鳴り、身動きが取れなかった。
自分が何をしたのか、記憶が曖昧になっていたことを思い出す。
彼はかつて、大学生活に追われるあまり、友人や大切な記憶を一つ一つ捨て去るようにしていた。
彼女の名前や、彼らとの思い出も全てを。
「もう二度と忘れないでほしい…」声は次第に響きを増していく。
一体誰がこの声を発しているのか、田中は恐怖に震えながらも、自分の心の奥底に潜む罪悪感を感じた。
それは、彼が未だに聞いていない声であり、忘れ去ったはずの思い出の束だった。
彼は言葉を失って黙っていたが、その瞬間、束が激しく揺れ始める。
紙は音を立てて、田中の周りを取り巻き始めた。
思い出の中の悲しみや後悔が彼の心を掴み、呪いのように絡み付いた。
田中は思い出を語ることにした。
「ごめん…ごめんなさい。忘れないから、あなたたちのことを…」その言葉が声に届いたのか、束は次第に落ち着いていった。
「私たちのことを…忘れないで…」徐々に、声は静まり、薄れていく。
田中は涙を流しながら、その場に膝をついた。
彼は自分のしたことを後悔し、声が響く限り、彼の思い出が消えないように誓った。
田中は翌朝、目を覚ましたとき、自室に束が置かれていることに気づく。
そこには、彼の思い出を一つ一つ紡ぐように書かれた紙が含まれていた。
彼はそれを大切に保管し、決して忘れないようにするつもりだった。
あの声が彼に教えてくれたこと、それは大切な思い出を決して放ってはならないということだった。
彼はその夜の出来事を胸に刻み、今日もまた、彼の友人たちに心を寄せるのだった。