田んぼが広がる静かな村、夏の終わりに近づくと、稲穂が黄金色に染まり、その美しさはまさに絵画のようだった。
しかし、その美しい風景の裏には、村人たちが決して口にしない恐ろしい噂が隠れていた。
田中健一は、大学生になった今も故郷の村に帰省していた。
小さな村では友人たちと皆で遊びに行くことが多かったが、今年は一人で田んぼを巡ることにした。
田んぼの奥には、かつて悪名高い「妖霊の田」と呼ばれる場所が存在していた。
村では、その田に近づく者は決して無事では済まないと語られていたが、健一はその説がただの伝説だと思っていた。
日が沈み、周囲が薄暗くなると健一は田んぼを進んでいった。
特に何も起こらないと思いながら歩き続けると、だんだん不気味な静けさに包まれていった。
ふと、身の回りが何かに囲まれている感覚がした。
彼は振り返ったが、誰もいなかった。
まるで自分一人だけがその場にいるかのようだった。
「大丈夫、ただの気のせいだ。」健一は自分に言い聞かせた。
しかし、その瞬間、横から何かが彼の足に触れた。
一瞬心臓が止まるような緊張が走り、彼はその周囲を見回した。
稲の間から見えるはずの生き物たちの気配はどこにもなかった。
ただひたすら、稲の揺れる音だけが響いている。
さらに進むと、大きな木が生えている場所に到達した。
そこには、異様に古びた石の祠があった。
好奇心に駆られ、健一はその場に近づいた。
祠の前に立つと、冷たい風が彼の頬を撫で、何かが彼にささやいている気がした。
「助けて…」
その声は、女の子のようなものだった。
驚きと恐怖に襲われ、健一はその場から逃げようとしたが、足が動かない。
どうしてもその声に引き寄せられていく。
彼は意を決して祠の中へ足を踏み入れた。
内部には何もないはずだったが、突如として床が揺れ、地面から何かが這い上がってくるのを感じた。
「見つけて…私を思い出して…」
その声が再び響いた。
健一は気を失いそうになりながら、声の主を想像した。
すると、目の前に白い着物をまとった少女の姿が現れた。
少女は悲しげな目で彼を見つめていた。
「私は、ここに囚われている。あなたが思い出さなければ、私は永遠にこの場所から逃げられない。」
健一の記憶が徐々に蘇る。
今まで忘れていた、幼い頃の遊び仲間、峯田美咲の顔が浮かんできた。
彼女は双子の妹に優しく笑っていた。
だが、健一は村の伝説で美咲が田んぼで溺れて亡くなったことを思い出した。
自分が彼女を助けられなかったこと、彼女のことを忘れてしまったことに対する罪悪感が彼を襲った。
「ごめん、美咲…忘れたわけじゃない。あなたのことを思い出した。」
その瞬間、少女は微笑み、光を放ちながら消え去った。
同時に、田んぼの景色が美似もかえる。
稲穂が揺れ、柔らかな光が彼を包み込み、心の奥深くに理解が生まれた。
しかし、健一はその後もずっと考え続けた。
彼の記憶の中の美咲は生き続けていたものの、妖霊の田の過去は変わらない。
彼は村の伝説を今後も語り継いでいく必要があると心に誓った。
そして、いつか本当の平和が戻ることを信じて、村を見守り続けることにしたのだった。
