「忘れられた哀しみの声」

抱は市の片隅にある古い廃屋を訪れた。
彼女は友人から「この場所には霊が出る」と聞かされていたが、好奇心に駆られた彼女はその話を半分信じながらも、息を呑むような恐怖を抱いていた。

廃屋の外観は荒廃しており、雨に濡れた木造の壁は苔に覆われ、薄暗い雰囲気を醸し出していた。
彼女は息を整え、思い切って中に足を踏み入れる。
そこには、かつての居住者たちの面影を感じさせる古い家具や、所々に散らばった日常品が残されていた。
薄暗い照明の下、彼女は何か異様な気配を感じていた。

居間に入ると、窓の外からわずかな光が差し込み、彼女の目を引く。
ふと、彼女の視線の先に動く影を見つけた。
立っているのは年老いた女性だった。
彼女の衣服は薄汚れており、目は虚ろで何かを訴えているかのようだった。
抱はその瞬間、動揺し、足がすくむ。

「助けて…」と言わんばかりに、女性は彼女を見つめていた。
その目は必死に何かを訴えているようで、抱は一歩も動けなかった。
緊張感が高まり、冷たい汗が背中を滑り落ちる。
心臓が早鐘のように鳴り響き、彼女はその場から逃げ出したい衝動に駆られる。

しかし、何故か彼女は立ち止まった。
老女の霊が何か伝えようとしている、その感覚が彼女の中にじわじわと響いてきた。
時折、過去の悲しい記憶が彼女の脳裏を掠め、何かを放つことへの恐れに変わる。
しかし、その一方で、彼女はこの女性の存在に引き寄せられている自分を感じていた。

「私の思いを、聞いてほしい」と、心の中で老女の声が響く。

やがて、彼女はその場にしっかりと立ち、心の中に抱えていた恐怖を手放す決意をする。
自分がこの場から何を学び取れるのか、何故この霊が未練を抱えているのかを解き明かすためには、逃げずにその目を見つめ続けるべきだと感じていた。

抱は一歩前に進み、少しずつ近づいていく。
霊はその目を彼女に向け、微かに微笑んだように見えた。
彼女はその霊の目を真っ直ぐに見つめ、放たれた想いを感じ取ろうとする。
そして、突然、彼女の心には一つの閃きが舞い降りた。

「あなたは、何かを失ったのですね。」

その言葉が彼女の口からこぼれた瞬間、老女の顔に悲しみが浮かんだ。
再び目を合わせると、彼女は深い痛みを持つ目が彼女を見つめていることに気付く。
その瞬間、彼女は老女の過去が彼女に訴えかけていると確信した。
老女はかつて愛しい人を失い、その思いを抱えたままこの地を彷徨っているのだと理解した。

「私の目に映るものは、あなたの過去。何も忘れないでいてほしい。」

無言のまま時間が静止する。
抱は涙を流しながら老女に微笑む。
彼女はその内なる未練を放つ手助けをすることを決意した。
心の中で、彼女は彼女の想いを受け入れ、そして共鳴するように感じた。

やがて、老女はまるでその場から解放されるかのように消えていく。
抱の心には安堵が広がり、冷たい風が吹き抜けた。

廃屋を出ると、彼女は太陽の光を感じ、心の中の重荷が少しだけ軽くなったように思った。
幽霊たちの哀しみを目の当たりにし、彼女の心がその一部になったことを理解していた。
これからも、彼女は彼女の思い出を抱えて生きていくことになるだろう。

タイトルとURLをコピーしました