ある夏の暑い日、佐藤健一は古い倉を掃除することになった。
父から受け継いだこの倉は、何年も放置されていたため、様々な物が散乱し、埃とともに古い匂いが漂っていた。
倉の扉を開けると、顔をしかめたくなるような腐敗した臭いが鼻を突く。
それでも、健一は信念を持ってここに来た。
家族のために、何か価値のあるものが見つかるかもしれないという期待を抱いていたのだ。
倉の奥へ進むと、古い道具やガラクタの中に一つの箱が目に入った。
箱は木製で、周りには埃が積もっていたが、なぜか異様に新しい光沢を放っていた。
健一は興味をそそられ、その箱を開けてみることにした。
すると、箱の中からは、かすかに甘い香りが漂い出した。
その匂いは、まるで忘れ去られた記憶を呼び覚ますかのような、懐かしさを伴っていた。
箱の中には、一枚の古い写真と、数枚の手紙が入っていた。
写真には見知らぬ女性が映っており、彼女は柔らかい笑顔を浮かべていた。
その美しい顔立ちには、どこか哀しみが漂っているようにも見えた。
手紙は彼女の筆跡で綴られており、内容を読むうちに、彼女の名は「れい」と書かれていることがわかった。
「私の心はここに囚われている」といったような内容の手紙は、一通目には単純な思い出が綴られていたが、次第に彼女の心の内面、そして倉にまつわる不思議な出来事について語られるようになっていた。
「彼を愛しているのに、あの人は私を忘れてしまった」と書かれた文字に、健一は胸が締め付けられる思いがした。
その刹那、健一の背後からかすかに「なにかが発せられている」と感じた。
冷たい風が吹き抜け、匂いが一変する。
甘い香りから、何か腐臭を含んだ不気味な匂いに変わった。
思わず振り返ると、誰もいないはずの倉の奥で、わずかな影が見えた。
その影ははっきりとした形を持たず、霧のように漂っていた。
「れい…」と囁く声が耳に入る。
健一は思わず顔を歪め、その場を離れようとした。
しかし、魅かれるようにその声に引き寄せられる。
「私の名を呼んで…」その言葉に怯えながらも、健一は何かに導かれるように、影の元へと近づいていく。
その瞬間、健一は突然、自分自身がれいという女性と同化している感覚を覚えた。
彼女の生きた時代、愛した男性を思い続ける心、そして忘れられた悲しみが、彼の中に流れ込んでくる。
彼女が何を求め、何を求められなかったのか、その答えが彼の頭の中でぐるぐると回った。
「彼が私を思い出せるのなら、私は解放されるのに…」れいの残した言葉が、健一の耳元で響く。
彼は思わず、彼女を解放するために何ができるかを考え始めた。
れいが愛した人に会い、彼に真実を伝える必要があった。
倉の中に漂う不気味な影の中、彼は心を決めて声を発した。
「れい、あなたを思い出す人を探す。必ず解放してみせる。」その言葉が終わるや否や、周囲の空気が変わり、影が一瞬のうちに消え去ってしまった。
甘い香りは、再び彼女の存在を示すものとして漂っているかのようであった。
その日以降、健一はれいの愛した人を探す旅に出ることを決意した。
倉で彼女と触れ合った不思議な出来事を胸に抱き、彼の心には新しい使命が芽生えていた。
れいの思いを解き放つため、彼は全てをかけてその探求に挑むのだった。
彼の人生が彼女の悲しみと共鳴し、新たな物語が始まることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。