「忘れられたテの影」

老朽化したテの存に、ある異様な現象が続いていた。
町外れのこの小さなテは、昔から存在してはいたが、今では誰も近寄らなくなった。
子供たちの間では、そこに住む老女の話が囁かれていた。
彼女は、村の人々から厄介者扱いされていたが、実際には彼女には特殊な力が備わっていた。
彼女の周りには、様々な現象が絶えず発生していたのだ。

ある日、若い男がテの近くを通りかかった。
彼は友人の話を信じたくなかったが、好奇心に勝てず、テに足を踏み入れた。
周囲を見渡すと、そこには何もない空間が広がり、ただ静寂だけが支配していた。
しかし、心のどこかで、彼は何かが起こりそうな予感を感じていた。

彼はテの中へと足を進めた。
古びた家具と埃まみれの床、その中心には大きなテーブルがあった。
このテーブルは、彼が古い絵本で見かけたものとそっくりだった。
触れてみたところ、テーブルはいきなり大きく揺れ始めた。
まるで誰かがその下から何かを押し上げているようだった。
しかし、男はその現象を気に留めず、ただテーブルの上に置かれた古びた写真立てを手に取った。

その瞬間、周囲の空気が一変した。
男の頭の中に、老女の声が響き渡った。
「私はここで待っている。もう一度、あなたをこの場所に引き寄せる。」彼は背筋に冷たいものが走り、すぐにその場から逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けなくなってしまった。
彼の目の前に、老女の姿が現れた。

「戻ってきたのね。あなたは私を忘れたのかしら?」老女の目は、まるで深い闇を抱いているようだった。
男は震えながら言った。
「あなたは誰だ?私はこの場所に何の関係もない。」しかし、老女はゆっくりと微笑み、男の目の前に手を差し伸べた。

「私と一緒にいることを望んでいるのね。あなたに再びこの家を思い出させてあげる。」男は不安が募り、反射的に後ずさったが、すでに逃げ場はなかった。
老女の手が伸びてくると、彼は異様な力で引き寄せられ、無意識のうちにテの中へ深く引き込まれてしまった。

彼の意識が混乱する中で、周囲の景色は変わっていった。
テの内部は瞬時に変貌し、彼には見慣れた世界が広がった。
その中には、失われた時間を感じさせる思い出があふれ出していた。
男は気付かなかったが、その世界は彼がかつてここで過ごした日々の記憶であり、彼の心をつかんで離さないものだった。

「どうして私を連れ戻したの?」男は必死に声を上げた。
「私はここにいたくない!」しかし老女は微笑み続け、「ここはあなたの帰る場所。あなたが求める全てがここにあるのよ。」

そして再び、彼は落ちていく感覚を覚えた。
周囲からの景色が消えてゆき、彼の心の中に何かが崩れ落ちるような感覚が迫った。
男は絶望した。
再び彼はこのテに囚われたのだ。

時が経つにつれ、彼は周囲の静けさの中に沈んでいった。
そして、彼は気付かぬうちに、老女と同じ顔を持つ影を背中に宿していた。
彼の内なる声はやがて、老女のようにささやき始めた。

「あなたもここに居るの。私のように。」その声の響きが、心の中で再生し続けた。
テはいつまでも静まり返り、外の世界から隔絶されたまま、町の人々はその異様な現象を知らないままであった。

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