「忘れの廊」

静かな海に囲まれた小さな島、名を「失の島」と呼ばれたその場所には、長い間誰も住まなくなっていた。
かつて多くの人々が暮らしていたが、次々と姿を消す者が現れ、最終的には島全体が呪われたかのように静寂に包まれてしまった。
噂によれば、この島には不気味な現象が起こる廊があるという。

その廊は島の中心にあるかつての集落跡に存在し、古びた廃墟が囲むようにひっそりと佇んでいた。
人々はそこを「忘れの廊」と呼んで、決して近づかないよう警告し合っていた。
しかし、都会から訪れた若者、佐藤健一は好奇心に駆られ、仲間たちと共にこの島を訪れることを決意した。

「大丈夫だって、そんな迷信に引っかかる必要なんてないよ」と、健一は友人たちを励まし、彼らは島へ渡った。
どこか神秘的で美しい景色が広がっていたが、彼らの心のどこかには不安が渦巻いていた。

一行は廃墟に着き、古い廊の存在を探し求めた。
健一が最初に見つけたのは、ひび割れた石の壁と、朽ちかけた柱が立ち並ぶ場所だった。
そこに向かうにつれ、不思議な静けさが彼らを包み込んだ。
廊自体は、薄暗く静寂が漂っていて、まるで時間が止まったかのようだった。

「ここだ…これが『忘れの廊』か」と、健一はつぶやいた。
彼の声は廊の中に響き渡り、一瞬、あたりが静まり返ったように感じた。
まるで島の思い出がその瞬間、彼らを見つめているかのようだった。

彼らは一歩ずつ廊へと足を踏み入れた。
すると、背後で「れ…い」の声が聞こえた。
誰の声か分からないが、明らかに無惨な響きだった。
「い、の…」と続くその声は、まるで過去の遺骸が彷徨っているかのように、彼の心に重くのしかかった。
恐れを感じた健一は、振り返ったが、ただ廃墟の静けさしか見えなかった。

仲間たちも不安を感じ始め、「もう帰ろう」と言い出したが、健一は立ち向かう決意を固めていた。
「大丈夫だ、見てみよう。何かが見えるはずだ」と、自分に言い聞かせながら廊を進んだ。
すると、廊の奥から薄暗い光が漏れ出しているのを見つけた。

その光を求めて進むごとに、時折、背後から聞こえる声が健一の心を乱した。
声はますます迫ってきて、「忘れないで」と囁いてくる。
それはまるで、過去の住人たちが彼に訴えかけているかのようだった。
健一は自然と動揺し、振り返ろうとしたが、体が言うことをきかなかった。

ついに廊の奥にたどり着くと、そこには古ぼけた鏡があった。
鏡には彼の姿が映るだけでなく、かつてこの島にいた多くの人々の顔が次々と浮かび上がる。
彼女や友人の姿が映り、その表情はどれも焦燥に満ちていた。
「出られない」と、彼らの無念が伝わってきた。

「これは…どういうことなんだ?」健一は恐怖に満ちた声を上げた。
その瞬間、周囲の空気が変わり、あの声が再び聞こえた。
「失われたものたちを、忘れないで…」

気がつくと、周囲は歪み始め、健一は廊の中で立ち尽くしていた。
彼は感じた。
自分もまた、失われた者の一人になるのだと。
今や自らの存在が薄れていく中で、彼の意識は大きな渦に飲み込まれていった。
友人の声が遠くから響くが、まるで彼を呼び戻すことができないかのようだった。

「助けて…」弱々しい声が消え、健一はその場に縛り付けられるように閉じ込められた。
彼はもう帰れない。
この島に残された者たちと同じ運命を背負ってしまったのだ。

「忘れの廊」は、彼を永遠に取り込む運命が待っていた。
失った仲間の影が、廊の奥から彼を見つめ続ける。
毎夜、声が響く。
「忘れないで」と。

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