「忘れじの田んぼ」

田んぼの中をひたすらに歩く幽(ゆう)は、自身の愚かさを思い返していた。
彼女は、幼少の頃からこの田んぼで育った。
しかし大人になるにつれ、都会の生活に憧れ、帰郷することなく忙しい日々を送っていた。
その影で、田んぼや親しい友人たちとの記憶は少しずつ色あせていった。

ある日、用事で久しぶりに実家に帰った幽は、ふと田んぼに立ち寄った。
昔のように涼しい風を感じた彼女は、無邪気な子供のころの思い出がよみがえってきた。
しかし、その時、田の真ん中に立つ不気味な黒い影に気づいた。
影は、何かを必死に掘っているようだった。
興味を持った幽は、その影に近づいてみた。

近づくにつれて、影の正体を知った。
それは、幼馴染の健太(けんた)だった。
彼は小学時代からの友人であり、深い絆で結ばれていた。
しかし、健太は数年前に不慮の事故でこの世を去っていた。
混乱する幽の目の前で、健太は何かを掘り続けていた。

「健太…あなたはどうしてここに…?」幽は驚きに満ちた声で叫んだ。
彼が立ち止まり、こっちを向くと、その顔には悲しみとともに奇妙な微笑みが浮かんでいた。

「幽、私にはやらなければならないことがあるんだ。頼む、助けてほしい。」健太は彼女にそう告げた。
その声は、かつて彼女が知っていたものとはまったく異なっていた。
急に、幽は何か恐ろしいものを感じた。

「何を手伝うの?」幽は不安な気持ちを抱きながら尋ねた。

「私の過去を浄化するために、ここに埋めてあるものを引き抜いてほしい。私を忘れないで、頼む。」

健太の言葉に従い、幽は土を掘り始めた。
そして、突如として、土の下から奇妙な光が放たれた。
その瞬間、彼女の頭にさまざまな記憶がフラッシュバックしていく。
健太との楽しい思い出、彼との約束、そして彼が亡くなった後の悲しみ。
彼女は過去の痛みと向き合うことになってしまった。

すると、健太の姿がだんだんと透明になり、彼女は彼が何を求めていたのか理解した。
彼の心の中に埋められた、切なる願い。
それは、彼女に自分を忘れてほしくないという依存の思いだった。
そして、その思いが彼をこの場に縛りつけていたのだ。

「健太、もう大丈夫だ。あなたは解放されるべきだよ。」幽はそう言うと、心を込めて掘り進めた。
ついに、土の中から古びた木箱が姿を現した。
蓋を開けると、そこには健太との思い出の品が詰まっていた。
それを見ると、不安感が彼女を包んだ。

「私もお前を忘れたくない。でも、忘れなければいけない時も来る。君をいつでも心の中で思い出すから…」幽は涙ながらに言った。
彼女は彼への依存を断ち切る決意をし、木箱を再び土の中に戻した。

その時、健太の姿は一瞬鮮やかに光り、彼女に感謝を伝えるような微笑みを浮かべた。
幽は、彼が解放されていくのを感じた。

田んぼの中に立つ彼女の心には、彼女に対する愛と思い出が残った。
自分の過去としっかり向き合い、彼女は前に進むことを決めた。
その日以来、田んぼには何も異変が起こらなくなったが、幽の心には健太との思い出が永遠に生き続けているのだと感じる。
彼女は彼と歩いた日々をしっかりと抱きしめて、新たな一歩を踏み出していくのだった。

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