ある夏の暑い晩、大学生の涼介は友人たちと肝試しに行くことに決めた。
彼らの行き先は、近所で「の」と呼ばれる森の奥深く、村人たちが決して近づかないと噂している場所だった。
かつて、その森には神社があり、ある女性が不幸な運命を辿ったという伝説が残っていた。
その女性の名は夜子。
彼女は愛する者によって裏切られ、森の中で命を絶ったとされている。
涼介、友人の啓太、そして美咲の三人は、その森に入ることにした。
涼介は好奇心旺盛で、肝試しの名目で少しの刺激を求めていた。
しかし、啓太は「本当に何かあるんじゃないか」と心配している様子だった。
「気にしすぎだよ」と涼介は笑い飛ばした。
彼らは日の暮れかけた時間に森に入っていった。
暗闇が迫るにつれ、薄明かりの中で響く木の葉のさざめきや虫の声が、静寂を破っていた。
森は次第に不気味な雰囲気を醸し出し始めた。
歩を進めると、空気が一層重く、冷たいものを感じた。
「あれ、何かいるみたいだぞ」と美咲が不安そうに言った。
涼介は「大丈夫、何もないさ」と強がったが、心の中では恐怖と期待が混ざり合っていた。
そのとき、突然、涼介たちの背後で小さな声が聞こえた。
「誰?」その声は、微かでどこか無邪気な響きがあった。
驚いて振り返ると、そこには子供のような姿をした霊が立っていた。
彼女の目は真っ白で、怯えたように震えている。
涼介と啓太は驚き、思わず一歩下がった。
「私は夜子。」彼女は静かに名乗った。
「ここに住んでいるの。でも、私はもう帰れないの。」彼女の瞳の奥に、深い悲しみが宿っているのを感じた。
涼介は立ちすくみ、何を言うべきか分からなかったが、「どうして…?」と問いかけた。
「愛する人に裏切られたから。そして、ここで一人ぼっちになった。」夜子の声は震えていた。
涼介はその言葉に心を打たれた。
「私も、友達に裏切られたことがある。」啓太が言ったが、それに対する夜子の反応は想像以上に冷たかった。
「この森は、私の記憶でできている。でも忘れられたくない…」
その言葉に、美咲は涙を流した。
「あなたを助けてあげたい。」彼女は優しく言った。
すると、夜子はその目に迷いの色を見せた。
「でも、私はあなたたちを引き込んでしまうかもしれない…」
涼介はその時、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
夜子が何かを引き寄せようとしているのではないかと直感した。
しかし、友人たちが彼女を助けたいという純粋な気持ちも理解できた。
「でも、あなたはここから出ることができるはずだ。」涼介が思わず口にした。
その瞬間、夜子の表情が変わった。
彼女の無邪気さは消え、憎悪の表情が浮かんだ。
「誰も私を忘れられないはずだ!私は、この森の主だから!」そう叫ぶと、彼女の周りが暗黒に包まれ、風が強く吹き荒れ始めた。
涼介たちは恐怖に駆られ、後ずさりしたが、森から出る先の道は見えなくなっていた。
途端、視界が歪み、彼らはその場から引き離される感覚に襲われた。
「夜子!」啓太が叫んだが、声は届かず、暗闇に飲み込まれていく。
涼介は手を伸ばすが、何も掴むことができない。
気がつけば、彼らはまったく別の場所に立っていた。
満天の星空のもと、夜子の声が風に乗って響いている。
「誰も私を忘れない!」それは一瞬の幻影の後に、闇の中で消え去った。
森の中で起こった出来事は、誰も信じようとはしなかった。
彼らは伝説となり、この森はさらに人々に恐れられる場所になった。
夜子の存在は永遠に残り、誰かがその声を聞こうとする者が現れるたび、彼女は新たなる悲劇を呼び起こすのだった。