原の静まり返った夜、月明かりがほのかに照らす中、怪という名の青年が一緒に住む祖父の家を訪れていた。
祖父の家は古びた木造の家で、周囲には広大な原が広がっている。
彼はこの静けさが好きだったが、同時に不気味な雰囲気も感じていた。
ある晩、怪は寝る前にリビングで祖父と一緒に語り合っていた。
祖父は若い頃の不思議な体験を話し始めた。
「昔、この原には『れ』と呼ばれる存在がいた。元々は美しい女性の姿をしていて、里の人々を魅了していた。しかし、ある日、彼女は行方不明になり、以後はその姿を見る者はなくなった。」
話を聞いているうちに、興味が湧いてきた怪は、「『れ』ってどんな存在なの?」と尋ねた。
祖父は真剣な表情で、「あの女性は、見つけるために他人の心に入り込むと言われている。『れ』は心の隙間を見つけ、寄り添うことでその人を惹きつけ、最終的に彼らを引き込むのだ。」と、続けた。
その夜、怪は不思議な夢を見た。
夢の中で美しい女性が微笑みながら、彼の手を引いて原の中を歩いていた。
その姿はとても柔らかで、優しい光を放っていた。
彼は夢の中で、彼女と話をしたり笑い合ったりすることができた。
しかし、目が覚めた時、強い胸の苦しみとともに不安が胸を過ぎった。
その後も、不思議な夢は続いた。
毎晩、彼は彼女のもとに導かれるようになり、日常の生活に支障が出始めていた。
夢の中での彼女は、彼を温かく包み込み、何も悩む必要はないと囁く。
「怖れずに、私についてきて。」彼女の声は彼にとって心地よいもので、日常のストレスを忘れさせてくれた。
しかし、次第に怪の心は揺らぎ、現実と夢の境界が曖昧になっていった。
家族や友人との関係も薄れていき、彼はただ夢の中の女性のもとへ行くことだけを考えるようになった。
そしてある晩、夢の中で彼女は言った。
「あなたは私を信じますか?」
その言葉に、怪は思わず声をあげた。
「はい、信じています!」すると、彼女は微笑みを浮かべ、手を差し出した。
「だったら、私のもとへ来てください。ずっと一緒にいられるわ。」その瞬間、彼の心の隙間はさらに広がり、他の何も見えなくなった。
次の日、祖父は怪の様子に心配メッセージを送ったが、怪に応える者はいなかった。
数日後、祖父は家中を探し回り、最後に原へ向かった。
彼はそこで、不気味に静まり返った空間を見つけた。
「怪!」と叫ぶも、返事はなかった。
その時、彼の目の前に女性の影が現れた。
やがて、その影は薄暗い夜空へと溶けていった。
祖父は慌ててその影の後を追い、声をかけ続けたが、影は彼の声を無視して、ただ消えていった。
数週間後、村人たちは怪の行方を心配していた。
しかし、彼の姿は二度と見つからなかった。
原は静まり返り、周囲には何も残らなかった。
ただ一つ、「れ」の伝説だけが人々の間に語り継がれ、夜の闇に溶け込んでいった。
怪はその後も見つからず、彼女の声だけが夜ごとに響き渡るのだ。