「心の片隅に宿る記憶」 

藤田和也は、静かな海辺の町に住む26歳の青年だった。
仕事に追われ、穏やかな日常を送っていた彼だが、最近、何か大切なものを忘れているように感じていた。
それは、彼の心の中にある、かつての思い出だった。
ある日、彼はふらりと海岸を散歩することにした。
穏やかな波の音と共に、心の奥底に眠る記憶が呼び起こされてくる気がしたからだ。

海岸の小道を歩きながら、和也はふと足を止めた。
目の前には一軒の古びた小屋があった。
誰も住んでいなさそうなその小屋は、まるで長い間忘れ去られていたかのようだった。
不思議な気持ちに駆られ、彼は思わずその小屋の方へ足を進めた。

近づくにつれ、彼の心はざわめき始めた。
小屋の扉は重苦しく、少し力を入れるときしむ音を立てて開いた。
中に入ると、薄暗く、埃をかぶった家具が散乱していた。
そこには、かつての楽しい思い出に満ちた部屋の片鱗があった。
しかし、何かが違った。
目の前に広がる光景は、懐かしさよりも恐怖感を引き起こしていた。

ふと、和也の視線が壁に目が留まった。
そこには無数の写真が貼り付けられており、すべての写真に彼自身の姿が映っていた。
しかし、一つ一つの写真は、彼の心の中にある思い出とは異なり、どこか不気味な笑顔で彼を見つめていた。
彼は思わず顔をしかめ、写真から目を背けた。
しかし、心の中に響く呟きが彼を呼んでいた。
「忘れないで、居てほしい」と。

その言葉に、彼は胸が締めつけられる思いを感じた。
彼の心の深いところに潜んでいた何かが、彼にその存在を知らせているのだ。
和也は不安に駆られつつ、改めて写真に目を向けた。
中には、彼が小さな頃に遊んでいた友達の姿もあった。
名前も顔も忘れていたはずの彼らが、こうして今も彼を見つめている。
和也は恐ろしいほどの懐かしさを感じたが、同時に不安が募っていく。
心の奥で、かつての思い出が「居」続けているのだろうか。

その瞬間、和也の背後で扉が音もなく閉まった。
薄暗い小屋には、彼の心の波紋が広がっていた。
彼は肌寒さを感じ、背筋が凍った。
次第に、写真が反応し始め、彼の周囲に微かに声が響く。
「忘れないで、私たちを」と。
彼はその声に呼応するかのように、自分の心の中の「憶えている」という意識と対峙することになった。

次第に、彼は自分の心の中に「居」るものたちが、彼を取り囲むように現れ始めた。
彼は恐怖感を抱きながらも、どこか不思議な安堵感を覚えた。
それは、忘れ去られた思い出たちが、再び彼の人生に影響を与えていることを実感する瞬間だった。
彼の心の中には、新たな覚悟が芽生え始めた。

「ああ、俺はずっと忘れていたのかもしれない。」和也はつぶやいた。

その瞬間、小屋の中が一瞬明るく照らされたように感じた。
写真たちが彼に向かって笑いかけ、その表情は以前よりも柔らかく、優しいものに変わっていた。
彼はその光景を見渡しながら、心の奥から湧き上がってくる感情に気づいた。
それは、かつての心の居場所を再び思い出し、受け入れるための感情だった。

彼は決心した。
「もう忘れない。君たちを、ずっと忘れないよ。」その言葉と共に、心の中の忘れざる思い出たちが彼を包み込むように感じられた。
それは、和也自身が今までの人生で築いてきた感情の一部であり、彼が再び歩み始めるための新しい出発だった。

小屋の中の静寂が戻り、和也は心の重荷が少し軽くなったことを感じた。
彼は再び大切なものたちと共に生きることができるという希望を抱き、小屋を後にした。
その背中を静かに見送る思い出たちの表情には、微笑みが浮かんでいた。

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