乗(のり)は、友人たちと共に肝試しをするため、人気のない山道に向かった。
夕暮れ時、薄暗くなりかけた森の奥には、古びた神社が祀られているという噂があった。
興味本位で神社を目指すことにした彼らは、懐中電灯を手に、足元に気を付けながら進んでいった。
次第に、周囲は静まり返り、風の音すら聞こえなくなった。
乗は、「本当に幽霊なんかいるのか?」と友人に問い掛けたが、相手は半信半疑のままうなずくだけだった。
ふと、周囲に異様な冷気が漂い始め、友人の表情が緊張に変わった。
仕方なく、少し不安になってきた彼らは、さらに神社へと足を踏み入れていった。
神社に到着するまでの道のりは、まるで別世界に迷い込んだかのように感じられた。
古い木々が鬱蒼と生い茂り、空は真っ暗で星も見える気配がない。
神社の境内に入ると、月明かりが少しずつ差し込み、周囲を照らし始めた。
しかし、そこには何かがおかしいと乗は感じた。
静寂が支配する神社のそばにあったお賽銭箱に近づくと、彼は突然背後から冷たい風を感じた。
驚いて振り返ると、そこには女性の霊が立っていた。
彼女は白い着物をまとい、長い黒髪が肩にかかり、無表情で乗を見つめていた。
不安に駆られた彼は、友人らにその姿を知らせようとした。
しかし、友人たちは彼の声が届かないほどに恐怖で固まっている様子だった。
すると、霊は何かを口にした。
その言葉は聞き取れなかったが、彼女の指先はゆっくりと乗を指し示していた。
瞬間、乗の心臓は急激に鼓動を速め、恐怖に襲われた。
彼は逃げようと振り返ったが、足がすくんでしまい、動くことができなかった。
その時、霊は一歩前に進み出て、まるで彼の心に直接訴えかけるような強い眼差しを向けてきた。
乗は、自分に何かを伝えたいのだと直感した。
霊の姿は徐々に明確になり、彼女の悲しみが乗の胸に響いてきた。
彼女の口元が動き続けていたが、言葉は耳に届かない。
恐怖に打ちひしがれながらも、乗はその瞬間、自分が何を恐れているのか、その真実を知りたいと思った。
神霊はさらに彼に近づき、さまざまな感情が交錯するような強烈な波動を感じた。
彼女の瞳に宿る悲しみは、長い間、忘れられていた出来事を思い起こさせるものであり、乗の心の中に何かが引っかかっていた。
彼女の存在は、乗の家族について、またはその過去に何か重要なつながりがあるような気がした。
その瞬間、彼の意識は過去へと飛び、幼い頃の自分と家族の光景が映し出された。
そこには、祖母の姿があった。
彼女は生前、何度も乗に「家族の思い出を大切にして」と言っていたことを思い出した。
恐怖は虫の知らせのように感じられ、彼はその思いに合わせて、霊に向き合った。
「あなたは…」乗が言葉を発するや否や、女性の霊は微笑んで見せた。
しかし、ほんの一瞬、彼女の表情に映る悲しみは消えずに残った。
彼女の姿が暗闇に溶け込むように消えていく中、彼もまた、何かを理解した。
友人たちが彼を呼ぶ声で現実に引き戻され、乗は彼女の存在が自身の過去に何か重要なメッセージをもたらしたことに気づいた。
恐怖は薄れ、彼から乗り越えなければならない過去の思い出を見つめ直す決意が湧いてきた。
その日以降、乗は自らの家族の思い出を大切にし、霊の存在を心の中で感じ続けていた。
彼は怖れを抱かず、家族の思いを引き継ぐことの重要性を再確認するのだった。
闇の中でも、心の中にはいつまでも彼女の微笑みが生き続けていた。