「後悔の影」

創は東京都内の古びたアパートに住んでいた。
彼の部屋は、かつての住人が急に姿を消したと噂される、特異な空気を纏っていた。
ある晩、創は仕事から帰ると、ふと窓の外に目を向けた。
夜の闇に包まれた街は静まり返り、星が瞬いていた。
しかし、その夜、彼は見えてはいけないものを見てしまった。

窓の外、通りを挟んだ向かいのビルの窓に、誰かの影が浮かんでいた。
影は薄暗い中で、ゆっくりと動いていた。
まるでこちらを見ているかのような、その不気味な存在。
思わず目を凝らした創は、その影が人間のように見えることに気付く。
しかし、よく見ると、その人影はどこか異様で、肉体的なものではないようだった。

恐る恐る立ち上がった創は、窓に近づいて行った。
じっとその影を見つめていると、ふと背筋が寒くなり、心の奥に潜む不安が膨れ上がった。
その影は、彼の目に映るものとは異なる世界の者、時空を越えてこちらを覗いているように思えた。
彼はすぐにその場から離れた。

しかし、気持ちが落ち着かないのは生理的な反応だけではなかった。
創は、その影が宿している「後悔」と「未練」の感情を感じ取ったのだ。
まるでその影が、彼自身を投影したもののように思えた。
創は自分の過去を振り返る。
彼は数年前、親友を大切な約束に間に合わず、事故で失ったという忌まわしい思い出があった。

それからというもの、創はどれだけ時間が経っても、その後悔の念から逃れられずにいた。
彼はその影が、彼に何かを告げようとしているのではないかと考え始めた。
何度もその影を窓から見つめ続けるうちに、現実と幻影の境界が曖昧になり、創はいつしかその影との対話を試みるようになっていた。

「何を望んでいるんだ?」と、窓に向かって創は聞いた。
しかし当然、影からの返事はない。
ただ、影は今まで以上に激しく揺れ動き、時には悲しげに見える瞬間もあった。

そうして何日か経ったある日、創は衝動に駆られ、向かいのビルに移り住むことに決めた。
その影が、ただの幻影ではないことを確かめたかったのだ。
彼は引っ越しの準備をし、思い切って新たな場所に足を踏み入れた。

新しい部屋の窓から、創はその影を探した。
初めこそ現れなかったが、やがて薄暗がりから姿を現した。
今度ははっきりと、創の呼びかけに反応するように、その影は彼に向かって手を伸ばしてくる。
それはまるで、手を差し伸べているようであり、どうしようもない過去を引きずっているようでもあった。

創は恐れと好奇心に駆られ、「お前は誰なんだ?」と叫び続けた。
影はただ動き続け、時折、彼の心の奥に隠されていた過去の後悔を呼び覚ますように、囁いてくる。
創は、その懐かしい声を聞きながら涙を流し、ずっと抱えてきた罪悪感に向き合っていた。

その夜、創は影に教えられた。
後悔を癒すには、まず実際に向き合わなければならないのだ。
彼は親友に約束したことを一つ一つ思い出し、それに対して心から謝った。

影は静かに身を引き、向かいのビルから姿を消した。
その瞬間、創の心の中に長い間閉じ込められていた重荷が少し軽くなったのを感じた。
彼はもう一度、過去を背負いながら真っ直ぐに生きる決意をした。
たとえ、窓の外に再びあの影が現れることがあっても、それはもう彼を苦しめる存在ではない。
逆に、彼を前進させるための教訓と考えることができたのだ。

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