その村には、古くから伝わる言い伝えがあった。
村の外れにある小さな川に沿って、決して渡ってはいけないという禁忌が存在した。
そこを渡った者は、必ず現実と幻が交錯する異界に迷い込み、二度と戻れないと言われていた。
村人たちはその川を「影川」と呼び、決して近づかないようにしていた。
ある日、好奇心旺盛な学生、真紀は友人たちと共にこの言い伝えを試してみることにした。
彼女たちは昼間の明るい時間に影川へ向かい、何かおもしろいことが起こるのではないかと期待を膨らませていた。
しかし、影川に近づくにつれて、不気味な静けさが二人を包み込んだ。
風が吹かず、鳥のさえずりも消え、まるで時が止まったかのようだった。
「ねえ、ほんとうに何もないのかな?」真紀は不安を抱えつつ、川の際に立った。
友人の奈々が後ろで不安そうに見つめているのを感じながら、彼女は昔からの言い伝えが本当に信じられないものだという思いが募っていった。
「ただの川だよ、何も怖くないって。せっかくだから渡ってみようよ」と真紀は言ったが、奈々の目には恐怖が色濃く浮かんでいた。
決意を固めた真紀は、浅い影川を飛び越えようとする。
だが、彼女が足を伸ばすと、突然、川の水面が歪み、その瞬間、彼女の視界は目の前の風景とまったく異なる光景に切り替わった。
そこは、彼女たちが知っている村とはまったく違った、薄暗く歪んだ世界だった。
具現化された影が不気味にうごめき、彼女たちを囲むように集まり始めた。
「まさか、これが言い伝えの影響?」真紀は恐怖に囚われ、友人に目を向けたが、奈々の姿は見当たらなかった。
彼女はただ一人、異界の中に取り残されてしまった。
影たちが、彼女の周囲をゆっくりと取り囲む。
その影は彼女の心の隙間を埋めるかのように静かにささやきかけてきた。
「ここが現実だ、あなたが求めていたのは、ここにいる者たちのように、自分自身を見つめ直すことだ」と。
真紀はその場から逃げようとするが、影たちが彼女の動きを妨げる。
まるで彼女の過去や未練が形を変えて現れたかのようだった。
彼女にとって忘れたい過去や、無視してきた感情が影となって立ちはだかっていた。
次第に、その存在が彼女の心の中の恐怖を暴き出し、彼女を自身の影に向き合わせる。
「私は弱い自分を隠してきた…」真紀は影たちに向かって叫んだ。
「でも、もう逃げたくない!」彼女のその言葉に影は消え入り、波のように静まる。
暴かれた恐怖の向こう側に、彼女の真の姿が現れる。
意識が再びクリアになった時、真紀は元の影川の岸に立っていた。
しかし、何かが変わっていた。
彼女は心の中にあった不安や孤独感を受け入れ、友人である奈々の姿を探し始めた。
短い瞬間の恐怖から戻った後、彼女たちの間には不思議なつながりが生まれていた。
奈々もまた、同様に影と向き合う試練を経ていた。
二人は影川の存在を通じて、互いを理解し合うきっかけをつかんだ。
彼女たちはその後、村に戻り、影川の秘密を語り合った。
「きっと、誰もが自分自身と向き合う必要があるのかもしれない」と真紀は感じ、影川の存在を新たに受け入れた。
それは、言い伝えがただの恐怖ではなく、自己理解の一歩であったのだ。