「影を道連れに」

彼女は夜の闇に包まれた山道を一人で車を走らせていた。
運転しながら、流れる音楽に身を委ね、静けさに包まれた道路を心地よく感じていた。
北海道の冬の夜、外は凍える程の寒さで、静寂な影が全てを包んでいる。
ただ、車のライトが照らす前方だけが明るく、時折見える木々の影が不気味に揺れていた。

そんな中、彼女の携帯が震えた。
画面を見ると、久しぶりに会うことになった友人、梨花からのメッセージだった。
「今、道の駅で待ってるよ。会える?」少しドキッとしながらも、彼女はそのメッセージに返事をした。
「今向かってる。少し待っててね。」

運転しながら彼女は、梨花との思い出を振り返った。
二人はいつも一緒に笑い合い、怪談話をした仲だった。
特に心に残っているのは、村に伝わる不気味な話。
あの伝説には、夜道を歩く者が己の過去に囚われてしまうという恐ろしい内容があった。
それを思い出すと、少し心がざわつく。
でも、楽しい会話が待っていると思うと、気持ちが軽くなった。

道の駅に近づくにつれ、雰囲気は徐々に変わっていった。
霧が漂い、どこかぼんやりとした視界が広がっていく。
彼女は不安を感じながらも、スピードを落とし、道を進んだ。
そんな時、ふとリアミラーを見ると、何かが彼女を見ていた。
だが、振り返ってもただの黒い影だ。
その影は一瞬消え、再度確認すると、そこには誰もいなかった。

彼女はハッとした。
「疲れているのかな?」と自分に言い聞かせ、運転に集中することにした。
しかし、景色が変わらないまま進んでいくことで、不安は募っていく。
まるで、異次元に迷い込んでしまったかのようだった。
無意識のうちに、彼女の心に村の伝説が思い起こされた。
「己の過去に囚われる」その言葉が、彼女の脳裏に何度も響いた。

そして、気がつけば、もう一つの車が道の側に停まっていた。
その車はボロボロに見え、まるで長い間放置されていたかのようだ。
彼女はその車の中を覗いてみたが、誰もいない。
ただ、長い影が気味悪く彼女を見つめ返しているかのようだった。
心の中に芽生えた恐怖を振り払うように、彼女は車を進めた。

ようやく道の駅が見えてきた。
彼女はホッと胸を撫で下ろした。
駐車場に停め、ドアを開けると、冷たい風が顔に当たってきた。
その瞬間、彼女の背後から声が聞こえた。
「待ってたよ。」

振り返ると、梨花が立っていた。
しかし彼女の目はどこか遠くを見ているようで、冷たい笑顔を浮かべていた。
「あなた、運転中に何か見た?」その言葉に、彼女は急に緊張が走った。
「え? 何も…ただの影を見たけど。」

梨花の表情が変わる。
「それは、己の過去の影。あなたの元友達、彼らは見えないところにいるの。戻れないのよ。」彼女は思わず深い息を吐いた。
梨花の言葉は、先ほどの村の伝説を再度思い出させた。
未練が残る者は、この道に囚われるという、その恐ろしい真実を。

燃え盛る明かりの中で、彼女はただの友人と思っていた梨花が実は過去の記憶そのものだったことに気づく。
見つめ合うその時、ふいに周囲が明るくなり、自身の姿がぼやけていくのを感じた。
彼女の目の前には、かつての友人たちが、彼女を待ち構えるように立っていた。
「彼女も一緒にしよう。」その言葉が響くと共に、彼女は身動きが取れなくなった。

彼女は元友人たちとともに、この道に留まり続けることになってしまった。
彼女の運転する車は、いつの間にか霧の中に消え、ただ道の駅だけが静かに佇むのであった。
夜の闇の中に、また一つの影が加わった。

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