「影を捧げし者」

静まり返った山間の村には、長い間人々が近寄らない場所が存在した。
それはその村に住む人々が忌み嫌っていた古びた神社であり、その神社には村の過去から続く恐ろしい言い伝えがあったが、その内容は誰も口にしようとはしなかった。
ある晩、大学から戻ってきた田中翔太は、友人たちの間で流行っていた肝試しに参加することに決めた。
彼は特に恐れを知らない性格であり、仲間を引く立場を自負していた。

肝試しの日、翔太は仲間たちと共にその神社へ向かうことにした。
夕暮れの中、彼らは神社の境内に足を踏み入れた。
そこは静寂に包まれ、視界に入るものすべてが忘れ去られたように見えた。
神社の鳥居は朽ち果て、境内に生えている草木は無造作に伸びていた。
翔太はその裏手にある古い社殿を見つけ、仲間たちに向かって「行こうぜ」と声をかけた。

社殿の内部は暗く、カビ臭いにおいが充満していた。
仲間たちは恐れるようにひそひそ話をしていたが、翔太はその様子を冷ややかな目で見守っていた。
「大丈夫だって、何も起こらないよ」と、彼は軽い気持ちで言った。
だが、彼の心の奥では不安が広がっていく。

その時、彼の目に留まったのは、社殿の奥に飾られた古いお札だった。
お札には「身を捧げよ」という言葉が書かれており、まるで自分を貶(おとし)めているように感じられた。
翔太は一瞬しりぞき、背筋に冷たいものが走った。
「これ、なんだ?」仲間の一人が指を指し、驚きの声をあげた。

その瞬間、社殿の内部に異変が起こった。
空気が重くなり、冷たい風が吹き抜け、翔太は仰天した。
彼が思わず目を閉じた瞬間、夢の中にいるかのような世界に引き込まれた。
その先には、彼自身の姿が現れた。
「私は翔太の影だ。お前は、自分の身を捧げる覚悟があるのか?」と、影が彼に問いかけた。

翔太は混乱した。
自分の影が自分に問いかけるなんてあり得ないと思った。
しかし影の目は鋭く、確固とした意志を感じ取った。
その瞬間、翔太は影が何かを求めていることに気づいた。
それは「再生」のテーマだった。
影は彼の見ている前で、翔太の行動と感情を映し出しながら、彼の人生の中で重要な選択を迫ってきた。

翔太は仲間たちを振り返ったが、彼らの姿はすでに霧の中に消えていた。
ここは自分だけの世界だと彼は理解した。
この静寂は自己と向き合わせるためのものであり、彼は自分の「身」を捧げることで、自身の過去と向き合う必要があるのだ。
彼は自分自身を振り返り、過去の過ちや後悔が彼の心に浮かび上がるのを感じた。

「何を恐れている?お前は自分の命を捧げる覚悟ができているのか?」影は再び問いかけた。
翔太は自分の心に正直になる決意を固めた。
「かつての自分を許せない。だからこそ、これが私の贖罪なんだ。」心の中の葛藤がクレッシェンドのように高まり、翔太はついにその言葉を口にした。

影は頷き、翔太の視界は一瞬真っ白になった。
次の瞬間、彼は再び神社の中に立ち尽くしていたもので、外に流れる時間はまるで止まったようだった。
仲間たちはまだ息を切らし、翔太の姿を探していた。
彼はもう恐れを感じることはなかった。
自分自身を再生させる機会を得たからだ。

その後、翔太は仲間たちに神社の出来事を話し、共に過去と向き合わせることを決意した。
神社は彼にとってただの肝試しの場所ではなくなった。
それは自己の覚醒の場だったのだ。
彼は影との対話を通じて、自己を理解し、今の自分を大切にすることを学んだ。
そして、村は再びその神社を訪れるようになり、心の中に秘めた影と向き合う場として真の意味で再生されていった。

タイトルとURLをコピーしました