夕暮れ時、街の外れにある古びた家。
そこには一匹の猫が住んでいた。
名を「タマ」といい、白と黒の毛並みを持った美しい猫だった。
タマは、長い間その家の住人と一緒に過ごしてきたが、ある日、飼い主の老婆が亡くなってからというもの、タマは一人きりになってしまった。
亡くなった老婆は、タマをとても大切にしており、毎日優しく声をかけていた。
しかし、孤独になったタマは、次第に様子が変わっていった。
彼女が亡くなってから、タマは家の中で長時間動かずにじっとしていることが多くなったのだ。
そんなある夜、タマはふとした拍子で目を覚ました。
外はすっかり暗くなっており、静寂が家を包んでいた。
しかし、その静寂の中に、どこか微かな声が聞こえてきた。
明確ではないが、懐かしい響きが耳に残る。
「タマ、タマ…」
思わず振り向くが、そこには誰もいない。
だが、その声は確かに聞こえた。
タマは不思議に思いながらも、少しずつ声のする方向に歩き始めた。
声は家の奥から聞こえてくる。
彼女は、自分が声に誘われるように、暗い廊下を進んでいく。
廊下を進むにつれ、タマは頭の中に浮かぶ映像を思い出した。
それは、かつて老婆が自分に美味しい食事を用意してくれた光景だった。
温かな心地よさと、同時に亡くなった老婆の存在を思い出させる。
声はさらに大きくなり、「タマ、こっちよ…」と呼んでいた。
次第にタマはその声に引き寄せられるように、階段の上へと足を運んだ。
階段を登ると、そこには旧い部屋があった。
かつては明るかったであろうその部屋は、今は薄暗く、埃まみれだった。
ふと、タマの目の前に何かが動いた。
古びたカーテンの陰から、黒い影がすっと姿を現した。
その影は、まるでタマの昔の飼い主である老婆の姿に似ていた。
ただ、彼女の顔はかすかにぼやけており、その表情は何か言いたげだった。
タマは一瞬驚き、その場に動けなかった。
しかし、その影は優しい手でタマを呼び寄せるようにしていた。
「さあ、ここにおいで。あなたは一人じゃないわ。」
タマはその声を信じるべきか悩んだが、何かが彼女を引き寄せる。
不思議なことに、タマはその影の元へと近づいていった。
影が手を差し出すと、タマはその手に触れた瞬間、身体が軽くなった。
そして、タマはまるで夢の中にいるかのように、自分の意識が浮遊する感覚を覚えた。
しかし、次の瞬間、タマは気付いた。
影の正体は、決して優しいものではなかった。
彼女は何かを求めており、その影が現実のタマを喰らおうとしているのだ。
タマはその恐怖に気付くと、全力でその場から逃げ出そうとした。
だが、タマは動けなかった。
影は次第に近づくと、タマの周囲を閉じ込めるように迫ってきた。
そして、その瞬間、タマは本能的に「助けて！」と叫んだ。
すると、耳元に老婆の優しい声が響いた。
「タマ、私のところにおいで。あなたを守るから。」
それは、タマが唯一信じられる存在の声だった。
タマは迷うことなく、その声を信じて影の方へ向かっていった。
そして、影が触れようとした瞬間、タマは思い切って廊下へと飛び出した。
思わず逃げるように走った後、タマは息を整えた。
その瞬間、家中の明かりが一斉に灯り、影は一瞬で消えてしまった。
タマは自分が再び明るい場所に戻ることができたことに安堵した。
しかし、あの日の声は、今もなおタマの心に響き続けている。
彼女は一人ではないと、常に誰かが彼女を見守っているのを感じながら、タマは再び家の中での日常に戻った。
しかし心の奥には、あの影のことが忘れられず、いつか再び会うことになるのではないかという恐怖が隠れていた。
